芸術、と言うだけで、そこに垣根が出来る。何か日常の連続からは切り離された特別な空間になる。そう思う人は少なくないらしい。私の周りでも、美術館や画廊は嫌いというアンチミュージアムは案外多いものだ。アンチ派達は、ミュージアムの「アートしている」雰囲気が嫌だとか敷居が高そうで入りにくいイメージがあると言う。

 こうしたイメージを覆そうというイベントが東京で行われている。NiCAFと呼ばれるこのイベントは、元をたどれば60年代にドイツで始まった「現代アートの見本市」。ここ東京で行われるアートフェア−は、アジア最大ということで期待も高い。聞けばなんと8年前から行われているというが、がきんちょの私はそのようなことを知る由もなかった。

 百聞は一見にしかず。早速会場へ向う。フェスティバルは、年末のイルミネーションや映画祭でも度々登場するあのモダンな国際フォーラムで行われているのだ。まずこれで感動。やっぱり建物にもこだわるべきと納得しつつ、会場の入り口でまた感激したことがあった。普通、美術館と言うと学生料金には学生証をご提示くださいと言われるものだ。だが「学生1枚」と、かなり威張り気味な私を前に、窓口のお姉さんは何の疑いもなく学生料金のチケットを渡してくれた(注)。少々感激。ちっぽけな証明書1枚にうんぬんケチをつけないなんて、やっぱり垣根がない芸術への入り口はエントリーから違うわ−、とよく分からない感心をする。

 フロア自体は広くはないが、絵画からビデオアート、オブジェまでとにかく幅広い。出展ギャラリーも東京都内のものを中心に約80とかなりの数だ。都内だけでもこれだけの数を自分の足で歩き回ることはなかなか出来まい。そう、ここは私のような画廊素人をもがっちり受け止めてくれる空間なのである。そしてNiCAFの素晴らしさは、その多くが日本のギャラリーであり、つまり和的なエッセンスがそこここに散らばっている点だ。別にナショナリストになる気は毛頭無いものの、やはりこういった機会は新鮮だし嬉しい。

 中でも印象的だったのは、香染美術の武田州左氏の作品。作品についてギャラリーの方に尋ねてみた。ジャンルで言えば日本画で、木枠に和紙をつけているものだ。日本画は一度に色を混ぜるものではないので、一つ一つの色を順順に重ねていくのだと言う。真っ赤に染まった和紙の間にうねる幾すじの線。武田氏のテーマは「生命力」だと言う。確かに、その曲線は身体にみなぎる力強い鼓動さえ感じる。作品は何点もあるがその一つずつは全く異なる模様だ。人間の「毎日違うコンディション」を映し出す抽象画は、それを見た私を元気付けた。

 もちろん日本国籍以外のクリエイターたちも数多く参加している。例えばヨシアキイノウエギャラリーのRobert Kushner氏。「70年代後半に始まった美術造形運動“パターンペインティング”の代表的作家」と言われている。花をモチーフに鮮やかな赤、ピンクそして金色が目に飛び込む。どこか東洋的な雰囲気も漂わせる。

 ギャラリーを一つの場に終結させた空間に加え、協賛/出展?のスターバックスのコーヒーは飲み放題という優雅な一時だったが、大変残念だったことが一つ。それはギャライーの人々の「大人」と「学生」に対する態度の違いだ。明らかに貧しそう、かつ度素人丸出しの私と、その隣にはスーツでびしっときめた画商風の男性たち。ギャラリーの人々にとって彼らは「お客様」であっても私は単なる冷やかしにすぎなかったかもしれぬ。会場を後に、「やっぱり芸術も所詮はビジネスなのかしら」と、垣根を感じつつ退散の三木でした。

【三木はる香】

 (注)後に常は学生証の提示が必要であることを知った。どうやら窓口の人の手違いだったらしい。

 NiCAF(Nippon International Contemporary Art Festival)公式ホームページ
 http://www.nicaf.com/