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夏といえば団扇、蚊取り線香、浴衣、夏祭り、花火。夏の夜空を彩る、夏の風物詩と言えば、そう、花火。ひゅるひゅるっと上がっては、どかーんと音を響かせて真っ暗な空はいっぺんに明るくなる。歓声を上げる観客たち。夏はこうこなくっちゃね、となる。はて、花火のルーツはどこにあるのか? きっと、中国で武器か何かに使われていた火薬を、日本が応用したに違いない、という私の勘もたまには冴えていたみたいだ。調べてみれば、紀元前200年頃に火薬の原料となる硝石が発見されたのだそうだ。これが、中国「万里の長城」建設時の狼煙台で緊急連絡用として使われ始めたらしい。その後12世紀中期から後期にかけ、花火の原型となる爆竹などに似たものが作られ、その後シルクロードを通りヨーロッパに伝えられという。ヨーロッパに伝わる過程で、コンスタンチノーブルでは武器に用いられている。 ヨーロッパ最初の花火は、イタリアのフィレンチェで黒色火薬が発明された時に、14世紀頃に通信手段として「のろし」の役割をしていたのだそうだ。また、ヨーロッパでは花火がステイタスの象徴で、自分たちの権力を誇示するものでもあったらしい。日本にやって来たのは、南蛮の人々の手によって運ばれたらしい。その後、江戸時代になり、当時のイギリス国王ジェームス一世に遣わされた使者が徳川家康に見せてからというもの、将軍家や武士の間で人気を呼び、ついには隅田川で花火大会が開かれるようになったのだとか。 こういう歴史を知ってみると、花火というのは日本を極めてよく表していると思う。もとはといえば、外国のものを日本なりに取り入れて、改良して、美しくする。そうすると、Made in Japanの評判はたちまち上がって、「花火といえば日本」ということになる。そして、私たちは「花火は日本のものだ」と信じて疑わなくなる。実際、最近は日本人の花火師が世界各地に派遣されているという話しもあるから、そう言っても過言ではないかもしれない。とはいえ、普通に考えてみればロシア人の花火師はいるし、ドイツ製の花火だってあるはずだ。日本が何か特別なライセンスを所有して、世界全体の動きを監視しているのでもない。 でもなぜだろう、日本の花火はとても特殊な気がする。ただ綺麗、ではなくてどこか郷愁を思わせる。米国で花火を見たことがあるが、ニュアンスが違っていた。米国では盛り上がってパーティをしながら、食べたり、飲んだり、踊りながら暗くなるのを待っていた。それはそれで面白いものだ。けれど、ノスタルジーはないのだ。それは、どこまで言っても底抜けに楽しくて明るいものだ。 それに対して、日本で花火を見るとちょっと切ない気持ちになったりするのは私だけだろうか?結局、興奮しながら大声をだして見ていてもしんみりしてしまう一瞬がある。何千、何万という観衆の声が聞こえなくなるような瞬間を感じることがある。どうしてだろう? 花火は打ち上げられると言葉がないほど美しく、ダイナミズムさに心躍る。しかし、その後の暗闇はもっと印象的で、過ぎ去った後の静けさはより味わい深い。日本に上がる花火は、そんな余韻がお似合いだ。 外国で発明された花火を日本で改良して、そこに「日本らしさ」というスパイスをちょっと加える。こういうのを見るのは本当に心地よい。「ナショナリズム」な気持ちをちっとも持たない私が少しだけ「ナショナリスト」になる、極めて稀な瞬間なのだ。 【三木はる香】 |