「戦場のピアニスト」を見に行ってきた。第55回カンヌ国際映画祭パルムドール(最優秀作品賞)受賞、監督のロマン・ポランスキーも何やら有名であるらしい、と周りの評判に後押しされたこともあったが、何よりもナチス・ドイツによるユダヤ人迫害というテーマと主人公がピアニストというところに惹かれたからである。


 作品の舞台は第2次大戦下のポーランドの首都、ワルシャワである。物語は1939年、ピアニストのシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)が仕事場であるラジオ局でショパンを演奏しているシーンから始まる。ドイツ軍に占拠された街では、ユダヤ人に対する締め付けが日ごとに厳しさを増していく。

 やがて、シュピルマン一家も含めてユダヤ人はゲットーへ移住することを強制されるが、そこでの日々は、飢えや無差別殺人と隣り合わせの耐え難いものであった。1942年に入り多くのユダヤ人が収容所に移送されるようになる中で、シュピルマンは家族でただ1人収容所行きを免れる。ゲットーに戻った彼は強制労働から逃れて友人たちの手引きで隠れ家に身を潜めるが、ワルシャワ蜂起をきっかけにそこから出ざるを得なくなる。そして彼は戦場となった街で必死に生き延びる。

 しかしある晩、とうとう1人のドイツ人将校(トーマス・クレッチマン)に見つかり、ピアノを弾くことを命じられる。シュピルマンはショパンのバラードを静かに弾き始めるのだった…。


 作品中でシュピルマンの命を最後に救ったのはドイツ人将校であった。この事実に最もよく表れていたが、ポランスキーの「加害者=ナチス、被害者=ユダヤ人」という単純な構図では済まされないという思いが作品を通して強く伝わってきて、考えさせられた。

 彼はポーランド人の両親を持ち、ゲットーを脱出して地方を放浪し、ポーランド人に匿われながら生き延びたという幼少期の経験を持っている。その経験が彼にそのような思いを実感として残し、また私には想像がつきかねるが、彼の中に根を張った当時の記憶がそれ以降の生き方、一風変わった作品にも影響を及ぼしているのではないかと思った。


 また、作品を通してこれまであまり触れる機会の無かったポーランドという国に興味が湧いた。ポーランドは現在人口約3800万人、ポーランド語が話され、宗教はカトリックが9割を占める。今のポーランドはほぼ単一民族国家と言えるが、これはポーランドの1000年にわたる歴史の中でむしろ例外的なことであるらしい。

 ポーランドは古くからユダヤ人やイスラム教徒といった人々を受け入れ、多民族国家を形成していた。ざっと近代から現代にかけての流れを言うと、ポーランドは18世紀から19世紀にかけてロシア、プロイセン、オーストリアによる4度にわたる分割の結果、国家の独立を失い地図上から姿を消した。その後独立するのは、第1次大戦とロシア革命によって3帝国が倒れた1918年になってからである。

 しかし1939年、ナチス・ドイツが不可侵条約を破ってポーランドに侵入し、ソ連も続いてポーランド東部を占領。こうして再びポーランドは分割され地図上から姿を消す。ポーランドの解放はその後ソ連を主導にして行われ、現在の国境線は1945年のヤルタ会談で決まったものであるが、ナチスがユダヤ人を大量虐殺したこと、非ポーランド系住民の比率の高かった東部をソ連に譲ったことで、現在のようなほぼ単一宗教・単一民族国家になったということである。

 この作品は第2次大戦に焦点を当てているが、それ以外の時期にも長く他国から侵略を受けたポーランドの持つ歴史はなかなか複雑で興味深い。


 全編を通して、シュピルマンの弾くピアノの音色が特に印象深く耳に残った。彼がドイツ人将校の前で弾く、クライマックス・シーンのバラード第1番ト短調作品23も圧巻であるが、随所で流れるショパンの遺作であるノクターン第20番嬰ハ短調が、その繊細なメロディーで心を打った。自分の身近で人々が殺されていく非情な現実に対して、シュピルマンは絶望と無力感に打ちひしがれながら、静観することしかできない。

 彼に限らず、あの戦場の中で人々は外部からの理不尽で圧倒的な力に翻弄されるばかりで、どうすることもできないでいる。そのような戦争のはらむ暴力性と不条理性が悲しい。

 あの絶望の日々の中ではシュピルマンにとって音楽だけが生きる支えであった。絶望下の人間に希望を与える力も持つ、音楽の可能性の幅広さに感動すると共に、彼にとっては音楽であったが、他の人々にとっては何が支えとなっていたのだろうか。そんなことにも思いを馳せた。


 戦時下で息さえ潜めて生活しなければならないという状況で、シュピルマンは好きなピアノを弾きたくても、弾くことができない。隠れ家でピアノに向かい、空中で指をすべらせて音色を想像している彼の姿は、かつて読んだ「アンネの日記」で日々隠れ家の中で外の世界へ出たらああしたいこうしたいと空想を楽しんでいたアンネの姿と重なって切なかった。日々ささいなことで不満を言う自分自身を振り返って、こうして好きなときに思うままに行動できる、この自由がどれほど幸せなことかを改めて気づかされる思いがした。

 折しもアメリカの対イラク戦が始まった今、平和を祈る気持ちを新たにさせられる映画だった。

【白土翔子】