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皆さんがもし吉祥寺によく行かれるなら、北口のLOFTの手前、伊勢丹の左隣に武蔵野市立吉祥寺美術館というものがあることをご存知かもしれない。私は今までその存在を知りつつも、足を踏み入れたことはなかったのだが、今回たまたま見かけたポスターに強く惹かれ、入ってみた次第である。 「ニューヨーク、イタリアそして東京へ イラストレーター 永沢まこと展」と題されたそのポスターの絵は、イタリアの海辺を思わせる水色の気持ち良く晴れた空と、澄んだ緑色の海のコントラストが非常に鮮やかで、思わず足を止めてしげしげと眺めたくなるような爽やかなイラストであった。よく見ると入館料もわずか100円、これは入ってみるかなと思った。 そしてこの決断は正解であった。こぢんまりとしたスペースに展示された作品は、ものの20分で全てを見終わるくらいのささやかなものであるが、作品の持つ穏やかな雰囲気に癒され、すっかり満足した。皆さんにも、買い物や何かで吉祥寺を訪れる機会があったらぜひ足を運んでみて欲しいと思い、今回紹介させていただく。お勧めである。 永沢まこと氏は「1936年生まれ。学習院大学を卒業後、東映で動画のチーフ・アニメーターとして活躍後、1978年以降、ニューヨークを初めとして世界各地を回りながら、精力的にスケッチを続ける。現在は東京武蔵野を拠点にイラストレーターとして活躍中」という経歴の持ち主である。 今回は彼の作品の中でも80年代から90年代にかけての東京、80年代のニューヨーク、そして旅先のフランスやイタリアを舞台に風景や人物を描いたものを中心として、また同時に、今、読売新聞で連載中の「読むヒト図鑑」シリーズ(ご存知の方も多いかもしれないが、永沢氏が読書中の人をイラストに描き、加えてその本や人物についてコメントを添えるという内容)の原画も併せて展示されていた。 ほとんどの作品が紙にペンと水彩を使って描いたもので、ラフなように見えて実はとても丁寧なペン使いが魅力の1つであると思う。また、特に空や海を描くときの薄い色を絶妙に重ねた明るい色彩は、見る側を何か浮き立たせるような楽しげな雰囲気に満ちている。 作者の対象に向ける細やかな観察力が秀逸で、よく見ているなと感心するほどである。特に人間を描いた作品にそれがよく表れていて、例えば「待合室のカップル」と題された作品の倦怠期の男女2人であるとか、「読むヒト図鑑」シリーズであるとか、見る側がそのイラストで切り取られた一瞬からその人物の人生にまで思いを馳せてしまうようなリアルな人間模様で溢れている。 風景を描いた作品では、東京の新宿や銀座や渋谷など、よく行く街のなにげない一瞬を切り取った作品が印象に残った。永沢氏の視点を通して魅せられる見慣れた街の風景は、いつもと違って親しげな、あるいはよそよそしい一面を見せ、見る者をどこか懐かしく郷愁に誘う。この風景が10年、20年後にはすっかり様変わりしてしまうとしたら、この作品が存在すること自体が大切になるだろうなとふと思った。 作品を通して作者の人となりが透けて見えた気がした。描く対象に寄せる、愛情に満ちた視点から伝わってくるあたたかな人柄と、東京には刺激が少ないから飽きてしまったと言って海外に渡り気ままに放浪しながらスケッチを続ける生活を送る、かなりの自由人ぶり。こういう人生には惹かれるものがある。 実は陰につらい私生活があってもイラストにはおくびにも出さないのか、それとも本当に人生をイラストと共に満喫して過ごしているのか。まだ若かりし頃を写真で見る限り楽しげなおじさんといった感じだが、今は60才を越えているはず。どんな魅力的なおじいさんになっているのか、展示期間中に行われているトークショーも気になるところである。 展示を見ている最中、隣りにいた主婦と思しき2人の女性の会話が気になった。いわく、「絵を習い始めたんだけど、なかなか実際には描かなくてねぇ。描こうという気持ちと行動が伴わないのよ」。答えて、「それでもいいんじゃない。少しずつでも続けていけばねぇ」 このまったり感。そして、その通りだと思う。本屋で見かけたのだが、著作を通して永沢氏もイラストは誰でも気軽に楽しみながら描けるということを伝えようとしている。イラストじゃなくてもいいと思うのだが、やりたいと思ったことは意外と簡単に始められるし、自分の好きなペースでほんの少しずつでも続けていけばいいと最近思うので。 大きな美術館で、音声ガイドを頼りに歴史的背景だとか作品に秘められた意図だとかを追及しながら触れる偉大な画家の絵画ももちろんすばらしく心に響くのだが、たまには難しいことにこだわらず、自分の感覚だけを頼りに気軽に楽しめるこんな展示もいいなと心から思えた。 武蔵野市立吉祥寺美術館「イラストレーター・永沢まこと展」 2003年4月1日〜5月25日まで開催 【白土翔子】 |