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「禅」という言葉からイメージするものは人それぞれだと思う。座禅を組んでひたすら修行するもの、とか古臭くてあまり興味がない、とか逆にどことなく洗練されているとか。外国の人に「禅」について聞かれ、答えに窮するという話もよくある。わたしも「禅」とは何か、と聞かれてもうまく説明できる自信はない。そのためにはもっと本を読んだりして勉強しなければならないと感じる。でも、あまり堅苦しく考えなくてもいいと思う。わたしは禅を仏教の1つの流れとして考えた場合に、禅に興味がわいた。仏教は普段気づかなくても日本人の心の奥底に息づいていると思う。そんなことを考えるようになったのは、最近自分が日本人であることを大切にしたいと思うようになってきたからだろうか。 今回の展示は建長寺創建750年記念の特別展。建長寺と言えば、日本史で出てきたような気もするが、実は鎌倉にあったのだ。鎌倉幕府5代執権・北条時頼が、建長5年(1253)、中国から渡来した禅僧、蘭渓道隆を招いて創建したものらしい。時頼が鎌倉に武士独自の文化を作ろうと中国との往来を勧めたために、異国の色彩が強い禅文化が発展したそうだ。展示内容は、「鎌倉武士と禅」「中国との往来」「鎌倉ゆかりの絵画」「中国風文化の隆盛」の4つのテーマで分けられ、禅僧の肖像・彫刻・墨跡や、袈裟・漆器などの寺宝、中国から伝わった磁器などバラエティー豊かで、160点近くもあり、盛りだくさんな内容だった。しかも、国宝や重要文化財に指定されている作品が多くて、とても貴重な機会だと感じた。 特に印象に残った作品について。不思議なもので、僧が禅の心得や規則を書き記した墨跡は何が書いてあるのかとか、仏像のポーズの違いにどういう意味があるのかとか、作品の示す内容については知識が全然追いつかなくても、見た瞬間に好きというか、心にしっくりする作品がある。例えば、普段は建長寺でも立ち入りが禁止されているために、一般に公開されるのは今回が初めてだという、蘭渓道隆坐像。これは裾のたっぷりした袈裟を着て、手に何か仏具のようなものを持ち、座っている蘭渓道隆の彫刻である。こういった頂像彫刻は実物よりも小さめに作られるものらしく、少し小柄な像から感じられる力強い存在感。これは、蘭渓道隆その人が発していた気迫を的確に写し取ったものに違いない。禅で悟りを開いた人はこういう表情をするものなのかと、しげしげと眺めてしまった。他には、北条時宗の書状が印象に残った。あまりうまいという感じではなかったのだが、適度な余白を残し、迷いなく堂々と書かれた個性的な文字に、風が吹き抜けるかのようなすがすがしさを感じた。きっと時宗の性格が表れているのだろう。 全体的に、質実剛健をモットーとした鎌倉文化らしく、色味を抑えた地味な作品、また禅の性質からか厳しさを醸し出す作品が多かった。最近の色をたくさん使った華やかな作品に比べると、一瞬物足りない印象を受けるかもしれない。だが、シンプルながら味わい深く、逆に斬新な気がした。また、鎌倉の禅寺が当時の日本では最も異国的な空間であったという言葉から、当時の日本人にとってはこれらの作品が宗教的にありがたみがあるだけでなく、新鮮なあこがれの対象だったのではないかと思った。決して派手でない外見のこれらの作品に、時代を経てもなお息づいている仏教の片鱗を見た気がする。 「鎌倉―禅の源流」 平成15年6月3日(火)〜7月13日(日) 東京国立博物館(上野公園) 【白土翔子】 |