「笑ったり、手をつないだり、なにかきれいだなとかいいなとか、そういうことどんどん思えてきて─―」

 つたない言葉づかいの中に一生懸命さが伝わってきて、印象に残る。映画「ハッシュ!」の女主人公朝子のセリフである。最初の方の朝子は、30代の半ばを過ぎても、仕事にも恋愛にもまったく覇気が感じられず、人生を半ばあきらめかけているようにすら見える。そんな彼女が直也と勝裕というゲイのカップルと親しくなっていくことで、次第に生きることに前向きになっていく。「ハッシュ!」はまず、1人の女性の再生の物語として受けとめられる。 

 また、それと同時に現代の家族のあり方に注目した作品でもある。もともと恋愛関係にあった男性2人に、女性1人が加わって、セックスを介在させずに子どもを作ろうと言い出す。実現したとしても、世間一般の概念から見たら、なんとも風変わりな新しい形の3人家族である。けれども、3人がお互いをそれぞれの方法で大切にしていく姿がとても自然で、あたたかくて、この延長線上にそのような自由な形の家族があったとしたら、逆にとても素敵だとさえ感じさせられた。

 監督の橋口亮輔は、「ハッシュ!」も含めたこれまでの作品の中で、自分がゲイであることを映画の要素として積極的に取り入れている。デビュー作の「二十才の微熱」では、主人公の男子大学生が、何がしたくて何がしたくないのか自分の意志も分からず、将来も不明確な漠然とした日々の中で、男性に体を売る姿が描かれていた。こちらは、主人公が若いこともあって、ゲイであることも含めた性に関する閉塞感とか生活に対する無気力が、もっとせっぱつまっていて、逃げ場がないような印象を与えた。そして最後のシーンで、忽然と表れる開けた空と少年たちの笑顔を見て、ようやく未来を感じてほっと息がつけた。

 これに比べると、「ハッシュ!」は、登場人物が主人公の3人だけでなく、それぞれの家族や、職場で関わりのある人物など、伏線が増えていることもあって、物語に広がりが感じられる。主人公の年齢層が上がったこともあってテーマは、個人の将来の悩みから今度は職を持った個人同士が作る家族へと変化した。そして、女を捨てているかのような朝子の、大雑把で行き当たりばったりな感じや、自分の恋人に子どもを作りたいと持ちかけてきた女性を受け入れてしまう心の広い(?)直也と、不本意ながらも周囲の人々に次々と好感を持たれ、優柔不断で拒否できない勝裕のキャラがそれぞれの魅力で見る側を引きつける。この3人が、悩みながらも仲良くやっていく姿がとても愛しく思えてくる。

 この構図、どこかで見たことがあると思ったら、江國香織の小説「きらきらひかる」の笑子、睦月、紺の3人組に似ているのだ。この小説も、映画と同じように、お互いを思う愛情だけに支えられた、一見今にも壊れそうにもろく見える3人の関係が、自然な形を追及する結果、意外に長く続いてしまうかもしれないという予感を抱かせた。  「ハッシュ!」を撮った時点では、監督もゲイであることに積極的な意味を見出していて、だからゲイの2人が悩みを抱えながらも、プラスのエネルギーを発して、1人の女性を救いあげるといった構図の映画になったのだろう。余裕が感じられて、だから見る側も心地いい。「二十才の微熱」が撮られた10年前に比べて、世間に同性愛を認知する視点が養われたこともあるのかもしれない。

 3人の子どもを作るという考え方、無謀だし、夢物語みたいだけれど、いいじゃないの、やってみれば。そんな風にのびのびと感じさせられた。家族というのは、できる限り自分の意志で選ぶものであって、その形は本当に自由でいいのではないかと思わせてくれた。でも、朝子さん、スポイトで子ども作ろうとするのは、どうかと思いますよ。

【白土翔子】

「二十才の微熱」(1992)
「ハッシュ!」(2002)
共に橋口亮輔監督作品。