![]() 天下国家からトイレの中まで 斜め45°に眺めるコラム 「社会の窓が開いてるよ」 5月21日(火)のコラム 時と場所というもの 取材活動を通して自分より遥かに年上(50歳やそれ以上)の一橋OBの人と話すことちょくちょくあったのだが、そのたびに劣等感に苛まれる。そのOBは今は教授であったり社会人であったりするのだが、学生時代に「どんな本をよみ」「どんなことを考えていたのか」などと話を聞くたびに、今の自分とは遥かにちがう格の高さを感じる。卒業論文のテーマなども自分ではとてもかけないようなものを選らんでいる。 もし、自分が今の学生の標準であり、かつ自分が取材したOBが当時の学生の標準的な姿であるのならば、一橋大生の知的レベルの低下ということになる。 では、そうであるとして、では、何故下がってきているのか。これは、難しい質問であろうし、自分でもこれかなという決定的な理由が見つからない。 では「WHY」をさぐるのはやめて、「HOW」、つまりどのように低下しているのかを考えてみる。考え方としては大きく分けて @ 戦後じわじわとほぼ一定の率で下がってきている A ある時期を境に断絶したかたちになっている の2つがあるだろう。そして、これまで私はAのほうではないのかという意見をもっており、ある時期とは学生運動が過熱してきた時期であるのではないかと考えてきた。つまり、学生運動がエンコラエンコラしている前までは、学生は、自分が取材してきたOBのようにはるかに格の高いそうした者ばかりであったのに、あさま山荘で学生運動がピークを迎えた以降は、まあ今とは変わらない学生ばかりになったのではないのかと。そして、あさま山荘に立てこもった学生というのは、ある意味それ以前の学生というものを濃縮し、それ以降の学生とは天と地ほども違う、ある種、別の生き物であるかのような人間なのではないのかという風に考えていた。 学生運動以前と以後の学生の比較の話はここで置いて、あさま山荘に立てこもった学生について考えてみたい。 「あさま山荘」篭城−無期懲役囚吉野雅邦ノート(大泉康雄著・祥伝社文庫)という本には、横浜国立大の学生であった吉野雅邦氏が、学生運動に加わり、最後はあさま山荘に立てこもり、逮捕され、その後裁判を経て今に至るまでを、友人であった著者が描いたものである。吉野氏は、東大を目指し一浪するも断念し、一橋と横浜国立大を受験、横浜国立大に合格し入学する。部活は合唱団に所属、そこで知り合った金子みちよさんとは恋仲に落ちる。 高校や大学入学当初の吉野氏は、この本の記述を見る限りでは今時の学生とは何もかわらないように感じる。普通に友達と旅行に出、猥談に花をさかし、また恋仲におちた金子さんとは同棲し、やがて妊娠させるにいたっている。自分がイメージしていた「カタブツのなかの堅物」とは、まったく違う像である。 その後、吉野氏は金子さんの影響を受けて学生運動に参加。やがて「遊激戦」に加わり、あさま山荘にいたる。この間、粛清の名の下、仲間をリンチ殺人していく。金子も吉野が直接手を加えたわけではないが殺されている。 このあたりの事件の詳しいことは、前述の本や、最近映画化されてもいる「連合赤軍『あさま山荘』事件(佐々淳行著)」あたりをよんでいただきたい。 で、もうすこし。ない頭をふるって、当時の学生(の一部)が何故、あのような事件を起こしたのかを想像してみると、あくまでも私論であるがこういうことではないだろうか。人間、特に学生の時期というのはある意味火遊びをしてみたいものである。言い換えれば、法やモラルに反することをやってみたいということ。そしてその裏には学生だからまあ、なんとか許されるということがある。大学祭で裸で兼松講堂に登るなんてのがその例であろう。そういう気分を当時は学生運動というかたちで晴らしたのではないか。 運動の中心であった人たちはおそらくそうではないかもしれない。しかし、大多数である「まわりもやっているから、自分もまあ」という人たちはこういう心理ではなかったのかなと思う。「学生運動やらないバカ、3・4年になってもやってるバカ」なんて言葉があったそうだが、それを如実に示している。ともかく「非日常的な空間」を味わう、そういう祭りのような場ではなかったのかと思う。 そして、その中でちょっと不器用だった人間が過激な事件を起こすようになったのではないかなあ、と思う。 と、ここまで書いて浮かんだ結論としては、自分もあの時代に生きていればあさま山荘にこもったかもしれなく、また吉野氏や金子さんがこの時代に生きていればもっと淡い恋を楽しめたのではないのかなあと思うが、如何。結論が飛躍しているのは遺憾。 【を】 |
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