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 6月11日(火)のコラム

イノベーションラブホ

 川崎の本屋をぶらぶらしていたら、「OZ magazine mini 首都圏ブティックホテル ―脱日常の大人の空間―」というガイドブックが平積みされていた。

 ブティックホテルとは、ラブホテル、昔で言うところの洋風連れ込み宿である。

 「『ブティックホテル』なんて、ようするにラブホテルだと若いお嬢さんには抵抗があるから、ブテッィクなんて婉曲表現をしているんだろうな」なんて風に思っていたが、実は調べてみると色々と深いわけがあった。

 ラブホテルではなくブティックホテルと名乗るそのわけとは、法律の問題である。

 ラブホテルは、風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の取り締まりのもとにおかれるのに対し、ブティックホテルだと普通の旅館業(たとえばビジネスホテル)として法的に扱われるのである。

 風営法の管理下におかれると、色々と制約が出てきて、経営する立場からすると色々面倒くさい。たとえば、新規出店を行うにしても、普通の旅館業ならほぼどこにでも開業できるのに対し、風営法が絡むラブホテルだと商業地域にしか開業できないということが起こる。たとえば郊外の国道沿いでの開業はできないのである。

 じゃあ「ラブホテルは名前だけブティックホテルに変更すればいいんだな」なんて風に軽く考えるとそうは問屋が卸さない。ブティックホテルとして申請しても、いくつかの用件を満たしてしまうとラブホテルとして扱われてしまうのである。

 要件のひとつにこんなものがある。「回転ベッドおよび全面ガラス張り」。この設備があると役所からは速攻で「ラブホテル」扱いになる。そのため、最近の「ブテッィクホテル」には回転ベッドはないのである。

 以上は法律のはなしであって、現実世界で「ブテッィクホテル」なんて言葉を耳にすることはまずない。せいぜいワンダフル@TBSくらいである。今でも老若男女、ラブホはラブホである。

 さて、さっきのガイドブックを購入し、南武線の車中でながめてみた。ガイドには様々なラブホテルが掲載されているのだが、おいらが見た感想は、「どこも似たり寄ったりで、斬新さがないな。インパクトがないな」である。

 掲載されているホテルの中には、スロットマシーンを備え付けていたり、無料でインターネットができるパソコンを設置していたりと工夫を試みようとしているところもあるのだが、全体的にはデザインやアイデアはもう成熟してしまったのかな、という気がする。

 アミー東京デザインルーム・亜美井 新(あみい しん)。かつて幼稚園の設計を手がけていたがその後、ラブホテルの設計を手がけるようになる。氏がラブホテルの設計を始めたころは、まだラブホテルという言葉はなく、連れ込み旅館という時代である。そしてその設計は、シンプルで地味でひっそりとしているのがいいというのが、業界の常識であった。しかし氏は、その常識にあえて逆らうような斬新なホテルを設計していく。ロビーに噴水、壁には滝の仕掛けを施す。またエレベーターはシースルー式にした。「ラブホテルは隠れていくところなんだから、そとからみえるようなエレベーターはよくない。客はこないぞ」というのが下馬評であったが、オープンするや大ヒット。

 また、今では珍しくないが、カラオケをラブホテルに最初に導入したのも氏である。「クラブやバーじゃやるまいし」と同業からは笑われたが、これもヒットした。

 また、ハマコー事件がおきた時には、ルーレットの部屋を。佐川急便事件の時には、佐川急便のトラックをベッドにした「永田町・疑惑の部屋」なんてのも造っている。かつて氏は「こんなものは流行しない」というような滅茶苦茶なアイデアを設計に取り入れ、それをヒットさせ、世間やユーザーを驚かしてきた。

 しかし、今のラブホ業界はどうにもさえない。内装・アイデアがマンネリである。どれもそれなりに豪華なつくりであるのだが、しかしそれ以上、あるいはそれ以外のインパクトがない。ぜひとも日本のラブホ設計者には、滅茶苦茶なアイデアを形にしていただきたいと思う。

 ただ、「考えてくれ」で終わりだと無責任だろうから、おいらもちっとは考えてみた。

 ちょっとありえそうなヤツだと平安時代調のラブホ。部屋のなかは平安時代の宮中みたいになってる。で、ミソなのは、真ん中が御簾で仕切られていてさ、男と女は御簾を隔てて対話する。で、和歌とかを詠んでさ。和歌が上手いと御簾が上がっていって対面できる。ま、源氏物語マニアには大うけかな。

 ちょっと無茶苦茶なヤツだと、ムネオハウス・ラブホ。部屋の前には「○○さんは、私たちの友達です」なんて横断幕がぶら下がってる。で部屋の中は国会議事堂みたいになってて、証人喚問ごっこができる。で、男が女に対してウソをつくと、突然外から、辻本みたいな業務員のオバちゃんがはいってきて「おかあさんだと思って正直に答えなさい」なんてことを言われたりしてさ。あと、廊下を歩いているといつの間にか黒人の大男がついてきたりしてさ。政治マニアには大うけだな。

 さらに無茶苦茶なヤツだと、座散乱木遺跡・ラブホ。部屋に入るといきなり遺跡になってるの。だからどうしたと言われるとこまるのだが、夜中、勝手に初老の男性がこっそり入ってきて、地面に石器を埋めているところを拝める。ちなみにそこに泊まる二人の愛も捏造です。

 よくわからなくなったところで、また来週。

【を】 

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