![]() 天下国家からトイレの中まで 斜め45°に眺めるコラム 「社会の窓が開いてるよ」 6月25日(火)のコラム 二流いかに生きるべきか ―はじめに 小学中学あたりでは「生まれつきの優劣などない」「努力すればだれでも1番になれる」「夢は必ずかなえられる」と教わり、またそれを無邪気に信じ、あるいは植木等のサラリーマン出世映画の再放送に興奮して、いつかは偉くなってやろうと思ってみたりするものである。 そんな幻想からも、高校大学とで醒めていくものでありまして。泥臭くガリ勉していけばどうにか大学には紛れ込むことが出きるものであるが、しかし大学に入ればはいったで、自分よりはるかに格上の人間がごろごろしていることを感じられるものである。その連中は、学業もシャラシャラとこなし、スポーツもショショっとこなし、教養や遊びもサラサラと。エリートという言葉がふさわしい連中である。そしてその格上の連中との差は絶望的なもののようにも見えるものでありまして、競馬にたとえるならば、未勝利、600万、1000万下のレースはなんとか勝てたものの、そこがまあちょうどいいところ。1600万下ではまあ入着をくりかえす、そんな馬だったのが、何の間違いか1600万下のレースをたまたま勝ってしまった。これは大変、オープンクラスには自分以上のやつがごろごろいる。いや、自分以下のやつを見つける方が難しい。そんなところである。 おいらの大学生活もそんな馬のように、格の違いを日々痛感させられ、劣等感に苛まれてきたものだったといえる。そんな状況のなかだと、たといその人間を目指して努力したところで、そのときそいつらはさらに高いところに至っている、そしてその差はむしろ広がっているようにも見えるわけである。 では格下の人間、二流の人間だと自覚した人間はどう自分を考え、どう生きていくべきなのか。無駄だとしても一流の連中を目指し鞭をうって努力を続けるべきなのか、それともあきらめて身の程にあわせていきていくべきなのか、あるいは「奇策」にでるべきなのか。 と、まあ鬱々とした文章が続いたが、要は自分を含めてダメな奴はどう生きればいいかを考えようってなことで、この場を借りて、連載ってことで考えてみます。 で、どういう材料をつかって考えていくかというと、自分がそれなりに造詣がある分野である、日本史、特に戦国時代や江戸時代、近世の人物、それも信長・秀吉のような一流連中ではなく、歴史の脇役にとどまる二流の人物をとりあげ、彼らが一流どころを前にして何を考えどう行動していったかを掘り出していって考えてみようと思っている。 具体的にどのあたりの人物を取り上げようかというと、武田義信、武田勝頼、北条氏政、山内一豊、田中吉政、小幡虎盛、毛利隆元あたりか。 武田義信や勝頼は、信玄という超一流の人間を前にして、なにを考えたか。北条氏政は、超一流の氏康という父をみて、あるいは曾祖父・早雲、祖父・氏綱をみて自分をどう捉えたのか。毛利隆元は、やはり超一流の父・元就や、弟・吉川元春、小早川隆景がいるなかでなにを思ったか。 山内一豊、田中吉政。かれらは、秀吉家臣のなかでさほど優れた才覚はなかったが、最後は大大名にまで上り詰めているが、それはなぜなのか。武田二四将に数えられるも、遺言に「よくみのほと(=身の程)をしれ」と遺言した小幡虎盛。 彼らの生き方をなぞることで、二流がいかに生きるべきかを模索していきたい。 尚、連載の方はできれば毎週でいきたいが、取材がおっつかないときは、翌週にまわし、その回にはいつものスタイルの内容をもっていく。また、取り上げる人間は、上記のものとは限らない。おもしろければ他の人も取り上げる。 <<関連図書>> 坂口安吾「二流の人」角川文庫 この小説は黒田如水を才能の割には結果を出せなかった「二流の人」ととらえ描いている。これはこれでおもしろい。 野村克也・米長邦雄「一流になる人 二流でおわる人」致知出版社 前阪神タイガース監督の野村克也氏と将棋の永世棋聖・米長邦雄の対談。「努力の仕方を知っているやつが一流」なんてなことをいっている。まあ、ほとんどが両氏の自慢話。立ち読みで十分か。 【を】 |
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