![]() 天下国家からトイレの中まで 斜め45°に眺めるコラム 「社会の窓が開いてるよ」 10月1日(火)のコラム 裸の王様 オジサン・オバサンが「らしからぬ所」でアルバイトする光景を目にするのも 珍しいことで無くなった。以前は、駅前のスーパーでレジ打ちやら惣菜作りのパ ートをするのがオバサンの定番であったが、いまでは吉野家や松屋といったファ ーストフード店やガソリンスタンド、あるいはブックオフといった「ハイカラ」 なところで、若い人に混じってオバサンのみならずオジサンまでもがアルバイト をしている。 こうした光景は珍しくは無くなったが、しかし痛々しいというか哀愁が漂うも のでもある。東中野のマクドナルドでは、湯のみのような顔をした50歳前後の オバサンがカウンターで「こちらでおめしあがりですか」とミニのキュロットス カート姿で接客している。そのグレーのキュロットスカートから出ていたゴボウ のような弱弱しい足を見て、石川啄木の「たはむれに 母を背負ひて そのあま り 軽きに泣きて 三歩あゆまず」の短歌を思い出したほどである。 あるいは、厚木の国道沿いにあるガソリンスタンドでは、白髪混じりで長身痩身 、いかにも「リストラされました」という匂いの漂う新米のオジサンアルバイタ ーが、二十代のサーファー風チーフに「何度言ったらわかるんだ!このくそジジ ィ」とたびたび説教されていた。 さて、おいらが夏休み前に野暮用で川崎に寄った帰りに、小汚いアーケード街 の中の松屋に入った。薄暗い店内でマーボ茄子ライスの食券を買い、奥のカウン ター席につくと市原悦子をみすぼらしくした感じの40代後半のオバサンがお冷 をもってきた。動きのぎこちなさからして、最近ここで働き出した様子である。 オーダーを伝え、味噌汁を汲み、皿を運び、別の客の食べ終わった皿を片付ける のだが、どうにも慣れない様子でおどおどしている。他の若い店員からも「スパ イシーカレー大盛りのときは『カレー。 大盛り』じゃだめなの、『カレー大盛 り』って言わないと。カレーと大盛で間を空けて言うとカレーと牛丼の大盛りに なるの!」などと怒られていた。若い人たちからの「このオバサン使えねーな」 という視線の中で孤軍奮闘するオバサンの姿はなんとも居たたまれなかった。 居たたまれない。が、どうしようもない。松屋のような現場の世界はまさに実 力のみの世界である。年齢が上であろうが、学歴があろうが、これまでの経歴が いかほどのものであろうが、今この時、どれだけ実力があるか、活躍しているか がすべてなのである。年序や学歴経歴といった衣は通じない、まさに裸でのとっ くみあいである。 しかし松屋のような世界とは対称的に世間ではまだまだこの「衣」が幅を利か すものである。過去の栄光の衣を着た王様達がそこらじゅうで闊歩している。周 囲はその王様の衣に目を奪われ、そのまま王様を賞賛する。あほらしいといえば あほらしく、理不尽といえば理不尽な世の中である。 ただ、世の中、それでも面白いのは、ふとしたことで王様達がその「衣」をは ぎとられることがあることである。過去の衣でえばってきた人間が突如、裸での 勝負、すなわち実力での勝負をしないといけなくなるのである。 衣にすがってきた王様たちの多くは、突如衣を脱がされてて慌てるであろう。 あるいは素っ裸でもまだえばり続ける王様もいるであろう。裸でも周囲の賞賛を 得られると思っていたところ、急に周囲からはそっぽを向かれる。周囲は衣をも って賞賛していたのであり中身を賞賛していたわけではなかったと気付く。かく て裸の王様となる。 裸の王様がそれでも王様でいるには、裸を立派なものとするほかない。つまり 実力、内実を磨くより仕方が無いのである。 おととい、また川崎の松屋に立ち寄ると、そこにはあのオバサンがまだいた。 しかし、あの時のオバサンとはちがう。オーダー確認、料理の配膳、片付けを流 れるようにこなしていた。さらには、他のアルバイトに指示までだすようになっ ていた。孤立していたあのオバサンは二ヶ月のうちに周囲の信頼をあつめていた 。松屋川崎の女将といった貫禄を備え付けていたのである。裸の勝負に粘り勝ち したのである。 衣が通じりゃ世話ないが、ふとしたことで素っ裸。そこで勝つのか負けるか。 兎角この世はおもしろし。世の中、裸の王様ゲーム。衣脱げたら、何すべし。静 かに稽古をつけるべし。駄本書くのはいかがかな。 【を】 (おしらせ:これまで連載していたテーマ『二流如何に生きるか』は当方の頭の 中がまとまるまでやすみます) |
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