天下国家からトイレの中まで
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 10月15日(火)のコラム

武士道外交1

 外交関連のニュースをみていると「反日的な国ばかりで親日的な国は無いな」と いう印象をもってしまうものである。たしかに、中国、韓国、北朝鮮という極東 の最近隣の国がそうであるから、日本は世界中から嫌われているのかなと自信を 失ってしまう。

 しかし、少し遠くの国をみれば親日的な国もある。その端たる例がトルコとポ ーランドである。

 まず、トルコについて。トルコと日本との関係を語る上でまず出てくるのがエ ルトゥールル号事件である。

 明治23年、明治天皇との謁見を終え、帰国の途についていたオスマントルコの 親善訪日使節団を乗せた軍艦・エルトゥールル号が台風の影響を受け紀伊半島沖 で沈没。死者587名、生存者69名であった。

 多くの死者が出てはしまったが、しかしこの時、付近の漁村の人々がトルコ人 の救出にあたっている。遭難した人を人肌であたため、非常用として備蓄してい た鶏などの食料をすべて提供した(台風で漁ができないため村民が食べる食料が ないのにかかわらずである)。また、犠牲者に対しても遺体を引き上げて、丁重 に葬っている。

 日本政府は生存者をトルコまで日本の軍艦で送り届けたが、これとは別に山田 寅二郎という民間人が全国を歩き義捐金を集め、トルコに渡り外相サイド・パシ ャに手渡している。さらに彼は皇帝アビドゥル・ハミト2世に拝謁、皇帝の要請で トルコにそのままとどまり現地で日本語教育を行うなど、日土親善に努めている 。

 しかし、当時トルコは西欧やロシアの圧迫を受け苦しい状況にあった。1878年 サンステファノ条約締結。ロシアと停戦。ルーマニア、セルビアなどが独立。1881 年 チュニジアをフランスに割譲。1882年 エジプトをイギリスに割譲。トルコ領 は草刈り場であった。

 そんな状況であったが故、日本が日露戦争に勝利した報を聞いたトルコ人は大 いに歓喜した。自国が勝利したかのようによろこび、子供や店の名前に「トーゴ ー」「ノギ」の名前をつけ、イスタンブールの街には、「東郷通り」「乃木通り 」がつくられたという。

 さて、その後トルコは第ニ次世界大戦で日本と手をきるが、基本的に日土間は 友好的であった。

 その友好っぷりを最も示したのがイランイラク戦争のときのトルコ機による邦 人救出劇であろう。

 イランイラク戦争の激化する1985年3月17日、イラクのサダム・フセインが「今 から48時間後に、イラン上空を飛ぶすべての飛行機を打ち落とす」と表明した。

 当時イランには日本人のビジネスマンやその家族などが多く住んでいた。彼ら は慌ててテヘラン空港に向かったものの、どの飛行機も満席で乗ることはできな い。他国は自国の特別の救援機を出して救出していたものの日本は対応が遅れ救 援機を出すことができなかった。

 在イラン日本人は空港でパニックに陥っていた。

 もはや日本人の脱出は不可能と思われた時、二機の飛行機が到着。トルコ航空 の飛行機であった。日本人二百十五名をのせて成田に向かった。

 タイムリミットの1時間15分前であったという。

 何故、トルコが日本人に救出したのかについては、こう答えたという

 「エルトゥールル号の借りを返しただけです」と。


 話はかわってポーランドの話。日ポ間を語る上でまず出てくるのが、シベリア 孤児救出劇であるが、このあたりはまた次回。

参考サイト
『絵物語 エルトゥールル号の遭難』
http://www.makuya.or.jp/teatime/douwa/ertug/ertugP1.htm
『国際派日本人養成講座』
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm
『ミラからの便り 小話集』
http://www4.airnet.ne.jp/mira/letter/link_diary2.html

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