![]() 天下国家からトイレの中まで 斜め45°に眺めるコラム 「社会の窓が開いてるよ」 2月18日(火)のコラム 最後の雑感あいうえおかるた あ 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」と申しますが、実は怖い。何千、何万分の一の確率で実は警察が監視しているかもしれない。それで、捕まる。誰もがやっているからと言って安易にリスクを犯すのは素人。何度も繰り返して惰性になり、リスクをすっかり忘れるのはド素人。どこぞの政治家の秘書給与詐取然り、どこぞの大学のカンニング然り。 い 「忙しい忙しい」は暇なうち。「忙しい」と連呼する奴で本当に忙しかった奴は見たこともない。本当に忙しい奴は、「忙しい」と言う余裕もなし。今ドキは暇ゆえに「忙しい」学生が増えて、みっともなし。 う ウィスキーってのは、その良さを覚えるとっかかりが難しい。初心者は、わけがわからないものだから、とりあえずロックで頼んでおいて「マズイマズイ」いっている。で、「じゃあ、高級なやつならうまいのかな」なんていって、やっぱりロックで飲もうとするからどんなに良いウィスキーも「マズイマズイ」って言うふうになってしまう。始めての人は、まずコンビニでトリスのポケットかニッカのポケットを買いなさい。300円でおつりが来ます。あと氷と水とグラスを用意してください。で、水と氷を入れて、ウィスキーは1cmくらいでいい。始めは薄くていい。で、良く混ぜる。さらに、氷で冷たくなるまで待つ。で、それから飲む。こうすれば開眼する。ロックで飲むとか、銘柄にこだわるなんてのは、慣れてからでも十分である。 まだまだ書くべきことはあるけど、それはともかくこうしたことは酒を飲むときに先輩が後輩にきちんと伝えるべきなんだ。だけれど今の学生のコンパってのは、チューハイなどのチャラ酒を一気のみして、コールをかけて、ただ騒ぐってのが多いからね。おちついてウィスキーの飲み方を教えるなんてことをしなくなってしまった。で、ただ無理に盛りあがろうとするしているのをみると、すこし哀れみも感じます。 え エロのインフレがとまらない。ストリップの世界も、はじめは額縁ショーでチラっとおっぱいをさらすだけで観客はよろこんでいたのだが、飽きられると、一条さゆりなんかが特出しをはじめる。でも、客はそれにも飽きてフーゾクに通い始め、ストリップ小屋には行かなくなった。おかげで、ストリップ業界は大不況で、有名なところもつぶれている。 エロ本業界も、昔はモザイクであそこを隠していたものが、宮沢りえのころにヘアが解禁された。さらに、インターネットが普及すると、さらにエグいエロ画像が手に入るようになって、しまいにはブロードバンド時代を迎えると、静止画じゃ満足できなくなって、エロ動画を求めるようになっちまった。 リアルの世界でも、昔は女の人は恥じらいってのが強かったけど、今は男の手をひっぱってラブホテルに入っていくような時代だろ。 婚前性交渉も、ひとむかし前はありえない話だったのが、いまはヤラないとダサいっていう時代だからね。一橋の学生だって、四年生で処女ってのは2割なんじゃないのかな。寮の女子ブロックの同棲率なんか、結構なものだろ。 こんな風にエロがドンドンと過激に、つまりインフレーションを起こしていくことに対して、最近おいらは不安を感じてきているね。日本はかつて高度成長をとげたが、そのために公害などのひずみを産んだように、エロの高度成長もどっかでひずみがでるんじゃないのかねって。 今、日本の経済はデフレで苦しんでるけど、日本のエロはデフレ政策を進めていったほうがいいんじゃないのかなあ。 お 奥田碩・日本経団連会長が、この前「消費税を1%ずつあげていき、最終的には16%にするべきである」という旨の発言をしたが、こんな時にそんなこと言うなよって思ったよ。 ただでさえ不景気不景気で、国内消費が落ち込んでいるのに、財界のトップが「社会保障制度を維持するために消費税増税が必要だ。16%に!」なんてことを言おうものなら、「あーやっぱヤバイんだな」ってんでみんなますます貯蓄に精を出すようになる。 たしかに財政が絶望的なのはわかるんだけど、このタイミングでマスコミの前でそれをいったらねぇ。空気を読めと。 戦前のはなしだけど、銀行でとりつけ騒ぎが起きそうになったとき、見えるように札束を積んどいて、客を安心させたなんて話があるだろ。まあ、実際はその札束は中は新聞紙だったんだけどさ。 それとおなじように、騙すってわけではないけど、なんか空気が晴れるようなことをしてほしいね。なんか、政治家や財界のお偉い方が集まって思いっきり贅沢をしているところをマスコミに流させてさ。「みんな将来のこと考えて貯金なんかするのはムダムダ。今をもっと楽しもうぜ」なんていって浪費をけしかけると。で、消費を拡大させて景気を回復させるわけだ。 しかし、そもそもみんなもやりたくなる贅沢や浪費ってのはなんだろうな。小泉首相は平成三種の神器ってことで「薄型テレビ、カメラつき携帯、自動食器洗い機」をあげて、みなさんこれを買いましょうなんていってるけど、おいらはテレビなんかあんまり見ないからいらないし、携帯も電話とメールが使えればいい。自動食器洗い機も、一人暮らしだからいらないや。 じゃあ、食べ物で贅沢しようっていう考えもあるけど、飽食の時代だからね。それどころか最近は健康や肥満を気にしないといけないものだから、食べ物でどうこうしようという気もおこらない。 これじゃあ、当分景気も回復しないな。 か 川崎は、おいらが好きな町である。キレイな地下街のブランドものの店の前を浮浪者が歩いていたり、シネチッタという映画館のまわりをイタリア風の町並みにしたブロックがあって若い人たちでにぎわってるんだけど、その向うには南町のソープ街があって、ポン引きが声をかけてくる。大きなオフィスビルがあるかと思えば、道路の向うはラブホ街。なんか清濁が入り乱れたところをみると、大変健康的でいい。 ところが、国立。ここは濁を徹底的に排除して清だけにしてしまった。それ故に、なにかこう、不健康というか元気がないという印象を持ってしまう。まあ、立川で補完すればいいのだけどさ。 青白い町だよ、国立は。 き 気味が悪いのは流行というものである。あれはいったいどこから始まっているのかついぞわからない。「トゥナイト2」がその源なのかと思ったが、とうにトゥナイト2は終わってしまったし、ファッション雑誌かと思ったが、あれはどうも流行の芽を後追いしているだけのようである。 結局わからず仕舞であったが、しかしこの流行の「源」を握ったらさぞやおもしろいことだろう。相当な権力である。だって、流行の名のもとにケツの見えるジーンズだのパンツが見えるほどのミニスカート、マイクロミニっていうのも履かせることができた。少し前にはハイレグなんてのもあるし、最近は「おしゃれなヌード」とかいって裸にさせることに成功したのだから、相当に強力な権力である。 これを政治に利用すればおもしろい。北朝鮮のようなおかしな国にすることもできる。おかしな国になるための国民の資質は若い女性を中心に十分にある。 く 国立の市民の方々は、一橋大学をどう思っているかというと無くなって欲しいみたいだね。某教授が調査したら、そういう意見が少なからずあったらしい。なんでも、学生がいくらいたところで大してカネは使わないから経済効果はたかが知れてる。むしろあの馬鹿でかい敷地に住宅やら店やらを建てた方がよほどよい。おまけに、自転車の駐輪がじゃまだし、夜は酒を飲んで騒ぐと迷惑なことこの上なし。 それでも昔は、文教地区闘争とかで、市民運動に大学が深く協力してくれたからまだ有難味があったが、今は学生も教員もだんまりを決め込んでいるから、いよいよ一橋は国立にとって百害あって一利無し。 まあ、学生にとっても、安くてボリュームのあるようなメシ屋は少ないし、本屋も不充分。どうにも国立マダムを相手にした店ばかりで、いいところがない。 旭通の先っぽのあたりが学生にとっての最後の砦であろうか。 ともかくも、学生に対して温かい早稲田の町をうらやましく思い、そして国立は学生街というには冷たすぎたと卒業を前にして感じ入る次第である。 もし、近い将来、四大学を統合し、キャンパスも統合しましょうとなったとき、そして国立キャンパスを廃止することになっても、私はなんら反対致しません。 け 掲示板で自殺志願者を募り、集まった男女3人がアパートで一酸化炭素中毒死でもって自殺したなんていう事件がありました。テレビなんかでは「自殺はよくない、じさつはよくない」なんてことを申されている方もいらっしゃいますが、さてさてそのお方よ、安楽死の問題の時には「人には死ぬ権利があるのだ」と言って安楽死に賛成なさっていたような記憶があるのですが。ワイドショーのコメンテーターほどいい加減な職業は無し。 こ 高校生か中学生かのころ、深夜TBSテレビをつけると、東北の地方紙・河北新報の創業期のことをドラマ化して放送していたのを見た。随分と前のことであるので記憶違いのところがあるかもしれないが、高嶋兄が創業者・一力健治郎の役を演じ、財務や政治圧力といった困難を乗り越えながら、太平洋戦争まで無休刊で発行を続けたという話である。 その中で、ついに一力が悩みぬいた末、新聞の発行をやめようとしたシーンがある。そしてハワイで自適な生活を送るため、港まで人力車に乗って向おうとした。折り良く止まっている人力車を見つけたので、それに乗りこもうとすると、車夫が河北新報を読んでいた。「いやあ、よくわからんけど、それでも新聞を読んで世の中のことを知っているのと知らないのとでは違うでしょう」と。人力車に乗った一力は車夫の言葉を反芻し、再び新聞を続けることを決意する。 このシーンを見ておいらも新聞記者を志し、大学では新聞部に入ったわけだが、何故新聞社の入社試験を受けなかったかと問われれば、今は新聞を読んで世の中を知っても知らなくても構わない時代だからと悟ったからである。新聞の購読料はあがってきているが、その価値はさがり続けてきた戦後半世紀。 さ 「さかな、さかな、さかなー、さかなーを食べるとー」という歌が随分とはやり、魚の売上に貢献したそうであるが、ではこれに対抗して、肉PRのうたはどうだろう。 「にく!にく!にくぅ!!」。まっちょなおにいさんが3人ぐらいでポーズをとってそうです。 し しかし、おいらにはどうも理解できないのが「地方分権推進」である。中央でごちゃごちゃやるよりも地方にやらしてくれたほうが、いい政策ができるってなことである。まあ、細かいことはいろいろあるだろうが、それにしてもおいらは地方分権で良い政策ができるとは思えない。だって、中央の官僚のほうが地方公務員よりよっぽど優秀だろ。いや、むしろ地方公務員がどうしようもない。地方公務員のほうがバカなのにそんなやつらに政策をやらせたほうが良いなんておかしい話だよ。 だいたい、地方公務員になろうってやつは消極的な理由の人が多すぎるよ。「安定してる」とか「仕事が楽」とかさ。そんなやつらに権限を持たせたらロクなことにならないって思うんだけどなあ。 す スーパーから見る国立の階級 上流階級→紀伊国屋 中産階級→さえき プロレタリアート→つるかめ 尚、紀伊国屋のバッグを持ってつるかめに行くことはタブーらしいです。 せ 「性教育」が迷走している。厚生労働省所管の財団法人「母子衛生研究会」が発行した中学生向けの性教育冊子「思春期のためのラブ&ボディBOOK」てのが、あまりにエグいんで回収し絶版にしますなんてことがあった。この冊子にはコンドームの着け方やピルの効用から、果てはポコチンの大きさまで書いていたのだが、こりゃやりすぎだろってことでストップがかかった。 現場のほうでは、コンドームの着け方実習とか言って、棒かなにかにゴムの実物をつけさせるなんてことをやって保護者から随分とクレームがきたり、一方で高校にもなって男女一緒に着替えをさせるところがあるってんで、混乱甚だしい。 おいらがおかしいと思うのは、なんで学校に性教育をやらせるのかってことだね。だから家庭でやれって言うつもりもないけど、そもそもその分野に関して教員に知識や経験があるかっていうとそんなわけはないのだろう。教員なんてなんだかんだいってマジメなヤツがおおいから、むしろ素人以下の知識や経験しかない。そんなのに教育をさせようってのがそもそもの間違いなんだよ。 「少しの事にも先達はあらまほしき事なり」(徒然草)。やっぱりその手のことはその手のプロに教わったほうがいい。今、50代、60代のソープ嬢が路頭に迷っていたりするけど、そういう方たちにひとつ頼んでみてはどうだろうか。色々と手ほどきを教えてくれる。堅物の教員がやるよりよっぽど内容が充実してるだろうし、説得力もある。生徒も真剣に耳を傾けようとするだろうね。しかもババアだからいやらしさは無い。その上ババアの失業対策になる。いいことづくめ。 今、「地域との協力」とか「総合的な学習の時間」などといって外部の人材を活用しようって動きがあるわけだから、ひとつ考えてみたらどうだろうか。 そ 卒業シーズンを目の前にするとやはり不安になるものである。「自分は卒業要件をみたしているんだろうか」と。特においらなんか、144単位ギリギリなものだから(現時点で140単位。今期の履修は通年のゼミのみで、+4になる計算)余計に不安になる。 しかも一橋は卒業できるかどうかは卒業式の約1週間前にならないとわからないから困ったものである。職員や教官に相談しようにも「不安になり自分で計算したものを教務課に持って行きましたが、相手にされませんでした。教授もダメです。自己責任で〜と言われました。」(e-hit「自分が卒業要件を満たしているかどうか一抹の不安がある人のスレ」より)ってなことである。 「もう大人なのだから自己責任でやれ」ってのも一理あるが、大人だって間違えることは御座います。 まあ、学生の利便を考えない「殿様商売」の姿勢を続けていたら、独法化して大学間の大競争時代になったときに果たしてどうなるのか。 てなことで、あの成績表をプリントアウトする時、一緒に「学部発展科目のこり4単位、一般教養のこり8単位」みたいな感じでわかるようにしてくれないかな。難しいのは承知で。 た 「たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず」とは石川啄木の有名な歌であるが、この御時世、若者よりも年寄りのほうがいい生活をしていることも少なくない。石川啄木が今生きていたら、さしずめ「たはむれに 母を背負ひて そのあまり 重きに泣きて 三歩あゆまず」とでも詠おうか。それにしても、これからは増税だの社会保険料の値上げだのと、若者の勤労意欲を奪うイベントがもりだくさん。日の丸の赤い部分が広がっていっている気も致します。 ち 地方統一選挙が近づいてきたが、各知事選で自民党をはじめとする政党は候補者選びやら調整やらで、えらく難航している。 特に自民党は、三重では自主投票に追い込まれ、神奈川では民主党国会議員を担ごうと模索。佐賀では官僚や県幹部、地方議員らの調整ができずに「4人支持」という事態に陥った。 えらい混乱である。これだけメチャクチャであれば、「自民党○○県連、知事選で羽柴誠三秀吉を支持」なんてことも、ありえるんじゃないだろうか。それで当選された日には、どうしましょ。まあ、おいらの地元・神奈川県知事選挙に出ていただかないことを祈るばかりなり。 つ ついぞ大学では「心に残る名講義」というものに出会うことがなかった。それは、俺が悪いのか、他が悪いのか。 て てんで気にしないフリをしているヤツほど気にしているのがバレンタインデー。「え、もうそんな日なの?」などととぼけている男ほど、逆に指折りその日までを数えているものである。そして、義理でも多くもらえれば幸せ、そうでなければ富士の樹海をちらりと思い浮かべると言っても過言ではないものである。あるいはまた、欲しい人からもらえればそれでいいというのは嘘で、例えどんなに 嫌いなやつからでもやはりもらえればそれはそれで嬉しいものなのである。 さてさて、この前「ババア」発言をした石原慎太郎都知事に対し、女性団体がバレンタインデーにあわせて特大チョコを作って送ったらしい。( http://www.asahi.com/national/update/0215/001.html)まあ、すぐに送り返したらしいけど。 だったら、「ババア」「ババア」とこのコラムで書きまくっているおいらのところにもおくって欲しいとおもったが、まあ、こればかりは流石に遠慮しておこう。 と 東京急行や、京王電鉄、小田急、営団地下鉄など首都圏の私鉄で共通につかえるプリペイドカード、パスネットが登場してしばらく経つ。これはこれで便利であるが、こんなカードを私鉄で共通化させられるのであるならば、もっと共通化して欲しいものがある。すなわち、「特急」「急行」「快速」などの列車種別の名称である。特に「特急」なんかは、小田急や西武は特別料金をとられるが、京急なんかは必要がない。だからそこらへんを混乱して、乗ってもよいはずの京急の「特急」を遠慮してしまったり、小田急の「特急」に特別乗車券を買わずに乗りこんで怒られている人も多い。ちなみにJRも、快速などは特別料金はいらないが、「特急」「急行」は特別料金が必要になる。 ハイテクの部分で共通化できるのであれば、こんな泥臭いところも共通化してください。 な 「なぜ、大学通りの明和マンションではあれだけ市民運動がガンガンやっているのに、なぜ駅北口の高層マンションはスンナリと建っているの?こっちのほうが景観に影響がでているのに」などと言うのは国立ではタブーなのですか。 に 日弁連ってのは一体なんなんだろうね。この前も警察庁が出会い系サイトに関して「児童がサイト上で性交渉を勧誘する行為を処罰対象」とする法案を出したんだけど、これに対して日弁連は「悪いのは大人であって、ガキに罪はない。教育でなんとかすべきだ」なんてぬかしているけどさ、バカじゃねえのって思ったね。今のガキのことなんてこれっぽっちもわかってない。あいつらは、まあアダルトチルドレン系は別として、もうプロだよ。プロ意識に満ちている。プロ娼婦。そんな奴らに「教育で」なんていったって焼け石に水だろ。第一に、実際にそんな連中にどうやって「教育」をするんだってんの。「売春は自分の心をズタズタにしてしまいます」なんて言ったって仕方ネーだろ。そもそも売春そのものについていいか悪いかがハッキリしてなくて神学論争みたいになってるんだから、何言っても説得力はない。 まあ、日弁連のお偉いさんなんてのは、この辺のアンダーグラウンドな世界を知らないからこんなくだらないこと言えるんだろうね。今、司法関係者があまりに世間ズレしていることが問題になっているけど、司法研修でそのあたりのことを法に触れない限り経験させておいたほうがいい。実際に出会い系サイトで援助募集の相手にあってみるとかさ。それでそれ以上やったらアウトだからだめだけど、まあギリギリまで体験してもらうと。 司法研修でだめなら、ロースクールでそのあたりのアンダーグラウンド教育をやったらいい。なんならおいらが講師を引き受けるよ。 ぬ 「ぬばたまの 闇のうつつは 定かなる 夢にいくらも まさざりかりし」 (古今和歌集・読み人知らず) 「ぬばたまの 闇にまぎれて 兼松の 裏でヤッてる 声ぞ響きし」 (一橋和歌集・匿名希望) ね 「願わくば 我に七難八苦を与えたまえ」、昔の修身の教科書ではおなじみであった山中鹿之助の言葉であり、自分を成長させるために苦労を与えてくださいという意味である。まあ、しかし「棚からぼた餅」が好きな若い人にとっては「はあ?」と感じる言葉であろう。どんな部活動やサークルでも、それに打ちこんでいると、いろいろと悩みや苦労はでてくるものであり、その困難を乗り越えて初めて得られるものもあるはず。ところが、今はおもしろそうなことだけやりちらかして、泥臭い七難八苦をやらされそうになると途端にどこかへ去ってしまう人が、また多い。そんな調子で次から次へと渡っていく。どうにもそういう人を、オイラは好きにはなれないんだけどさ。でも、まあ、山中鹿之助も結局、苦労をするだけして報われずに殺されてしまうわけだから、七難八苦をあたえてもらうより、七楽八幸を与えてもらったほうが正解なのかもしれません。 の 「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」。毎年毎年、1月になると1年生を中心に「統一テストを廃止しよう」という動きで盛りあがるが、いざテストに合格してしまうと皆どうでもよくなってしまう。故に統一テストは永久に不滅です。 は 恥ずかしいことになるのかもしれないが、私はとうとう海外に行くこともなくサラリーマンになる。卒業旅行も、新聞部の同期と東北に3日、中学時代の同期と九州に3日ですます。周囲から「何故に海外にいかないの」と問われれば「この季節は海外なんて行っても日本人バカリだろ。それに、いったってしょうがねーじゃねーか。食い物だって日本で食えるだろうし、異文化に触れるったって別に外国である必要は無いよ。山谷あたりにいったほうがよっぽど異文化を感じ取れるよ。だいたい海外旅行なんてひとつのステータスシンボルじゃねーかよ。私はバルセロナにいったことがある、だの、自分は東南アジアを貧乏旅行してまわった、だの。いばりたいだけだろ。そんなものに付き合ってられるか。それに海外旅行なんて定年後にだってできるけど、難しい本を読むのは今しか出来ない。だったらおいらは本を読むよ。」などと答えていますが、本当は単に面倒くさいだけである。 ひ 「人は見た目ではない、中身だ」なんてことを耳に致しますが、そんなことを言うのは見た目で不自由をしたことがない美男子美女と相場がきまってるものでございまして、やっぱり惚れたはれたの世界は見た目で決まるもので御座います。でなければ、おいらも今ごろは両手に華で御座いましょう。 しかしまあ考えてみれば、優れた種を残そうとするのが生き物の本能で御座います。人間の場合も、美男、美女が好まれるのはそのあたりと関係があるじゃないのかな。例えば、美男の人と結婚すれば、その子供も美男・美女の確率が高くなってモテる。ようするに繁殖能力の高い種を残そうってことで、美男美女にくっつこうとするとかさ。 そう考えると、不細工なおいらなんかは無理に誰かとひっついて子供を作ろうなんてことは考えちゃいけないんだろうな。繁殖能力のおとる子供ができちゃうから。生態系のバランスを壊してしまう。やはり人類のため、劣った遺伝子は消えなければならないのだ。 そう考えると、なんだか得たいの知れない使命感がこみあげてきます。 ふ 風俗に行くと困るのが会話のネタ。ちょっとでも難しいことを話すと、もうダメ。 そこで、高学歴の女ばかりをあつめたピンサロはどうだろうか。いまどき、早慶や御茶ノ水の大学生風俗嬢なんて珍しくないから、集めるのは容易であろう。で、知的会話をしつつ痴的行為を繰り広げると。 で、盛況だったら、チェーン店をつくっていって、ここの部屋は理工系の会話、ここのフロアは経済のはなしなんて風にして専門化していく。総合大学化。 店の名前は「痴の殿堂」でいこう。 でも、そのうち「これは学歴差別だ」なんて怒る悪しき平等主義者が出てくるかもしれない。 ともかく、このアイデアは「いけるかな」なんて思って、五反田あたりに開業するための物件を探しに言ってたんだけどね。でも、よく考えたらこのアイデアはダメだと気付いた。今の高学歴といわれる女子大生でも、ちょっとでも難しいことを話すと、もうダメ。大学生の学力崩壊で、ピンサロ嬢並の会話しか出来ない。 へ 「変質者に注意」という旨の張り紙が、学内の至るところにはられている。これがはられるようになったのは2年前くらいである。 そのころおいらはWEBページのコンテンツで「一橋トイレマップ」というものをつくるべく、トイレでカシャカシャ写真をとっているときであった。そんなときに突然「変質者に注意」の張り紙がなされたのだから、てっきりオイラが原因であったのかなあと心配したのだが、どうやら別に事件があってそれが原因だったらしい。 ちなみに、その「一橋トイレマップ」という企画は、学生会館、西生協、磯野研究館のトイレを写真にとった段階でボツになりました。 ほ 本の話だが、精読と多読とどちらがいいか。石学長は学生時代やはり「読書は広いのがよいか、深いのがいいのか」で仲間と議論し、教授に「君達の読書は狭くて浅い」と言われたと回顧している。 おいらも常々このことについては、考えてきたが、卒業を前にし「読書は深い方が良い」ということを、五百冊千冊読んでようやく悟った次第である。しかし、どの本が精読すべき本であるかを見極めるには、多読を経てからでなければ出来ないのも又一理。 ま マクドナルドの売上が冴えず、そのために度重なる価格変更を行ったため、逆に消費者の信頼感を失わせしめている。そりゃそうだ。今ハンバーガーは59円、チーズバーガーは120円。っていうことはチーズバーガーのチーズは61円でハンバーガーよりも高い計算になってしまう。 信頼を取り戻すにはどうするか。今後しばらくは価格の変更をやめて、ほとぼりがさめるのを待つというのも一つの手であろう。しかし、逆に頻繁に値段を変更しまくるという手もある。毎日値段を買えちまう。「今日は天気が悪いから客足が落ちやすいから安くしてハンバーガー一個50円」「あしたは、近くでイベントがあるからハンバーガー一個75円」とかね。円相場が日々変動するように、ハンバーガーも刻一刻と値段が変わっていくと。で、たくさん買い注文が入ると上がっていき、客が少なくなると安くなっていく。毎日値段が変われば、価格の変更に対して不審を抱く人はいなくなる。 で、あんまり値下がりすると経済に悪影響が起こるってんで、政府の市場介入が起きる。財務省とか日銀とかが必死にマックのハンバーガーを買い込んで値上がりさせるって。おかげて、官僚や日銀の食事はもっぱらハンバーガー。頑張れ。 み みんな新聞はおんなじだと多くの人は考えてきたが、そうでもないことに少なからずの人が気がついてきた。それは北朝鮮問題なんてのが一つの契機になったのだろう。しかし、根本には各新聞社のニュースサイトを利用すれば簡単に比較することができるという点が大きいと思う。 インターネットの普及が新聞にどういった影響を及ぼすのかということが論議になったこともあるがそのときは「インターネットが新聞に取って代わり、新聞の購読者数が減る」ということに対する賛否ばかりであり、この各新聞の比較という点は見逃されてきたようにも思われる。 さて、インターネットによって新聞の比較が簡単になると、新聞の論調はどうなるのか。個性を出そうとし分散するのか、差異を出さず出る杭になるまいと似たり寄ったりになるのか。どうやら後者のほうになりそうである。 む 「ムダな道。農道、林道、北海道」などとお偉いさんの間で陰口がたたかれているが、それにしても北海道にはムダかどうかはともかくカネがかかっている。道路予算をみても、東京都には年間約1706億円の国費が投入されているのに対し、北海道は約4177億円の国費が投入されている。そのくせその道路は「熊が歩いている」と言われる始末。 「ストックとしての効果がイマイチでも、フローとしての効果があれば」と考えてみても、北海道の経済はどん底。女子高生が一万円以内で「買える」といわれるくらいの状況である。 さて、ここから暴言を吐かしていただきたいのだが、昔、石橋湛山が『満州放棄論』をとなえたようが、おいらは『北海道放棄論』をとなえてみたいね。だって、カネばっかかかってロクなことねーじゃねーか。それにこれからは人口が減少してきて本州のほうもスカスカになるから、北海道から人が来てもらったほうが、実はいいんじゃないかって思うよ。 まあ、今はそんなこと怖くて人前では言えないけどさ。 め メーリングリストやメールマガジンなんかは、広告が本当にウザいね。ひどいのになると、メールマガジンの記事が5行くらいで、残りの30行がみな広告とかね。記事を探すのに苦労する。 ネットをやっていると本当に広告ばかりでやんなっちゃう。インターネットから広告がなくなればどんなに快適なことだろうかって思うね。 も 「もう少し大人になったら」と思うのが政治家の失言について。あまりに周りは騒ぎ過ぎだよ。この前も竹中が「絶対儲かります」なんて言ったことに対してずいぶんぎゃあぎゃあ野党のほうもいっているようだけど、いい加減にして欲しいね。なんかチンピラが難癖つけてカツアゲしてるみたいだよ。「絶対儲かる」なんていってるけど、実際はそうではないことは皆重々承知の上のことじゃねーか。「大臣の発言による世間への影響力は強いのだから看過できない」なんて言っているけどさ。影響力が強ければとっくに景気は回復しているよ。なんか、野党も世間も単にストレス解消にたたいているんじゃないかって思うね。 や 靖国問題でほとんど毎年騒ぎになっている。首相の参拝の是非についてここで書くのは危険であるので避けるが、いっそのこと、首相官邸から靖国神社までトンネルを掘り、マスコミにも知られることなくこっそり参拝できるってのはいかがだろうか。それだと今度は遺族会が不服なのだろうが。 ゆ ユニクロやマクドナルドが往年の勢いを失い調子が狂っていますが、その往年にこれらの会社を「素晴らしい経営だ」などと褒めちぎっていた教官の方々、いかがお過ごしでしょうか。その時に調子のいい企業を「これはいい企業だ」などと言うのが研究であるならば、バカ社の一学部生であるおいらでも研究者として食べていけそうな気が致します。 よ よく考えてもわからないことがございますが、目下理解できないのは大学の卒業式。あれに親を呼ぶ子の神経、嬉嬉として卒業式に足を運ぶ親の神経、ともに理解できないものである。 前に、東大卒のキャリアが警察署に赴任してきた時に母親が同行して「息子をよろしく」と言い、周囲は苦笑いをしたそうだが、この話と卒業式とは紙一重だと思います。 ら ラーメンは今や日本を代表する食となった。ワールドカップでやってきた外国人も噂を聞きつけてラーメンをすすりにやってくる。世界に認められた食べ物となった。ここまできたのは、ひとえにラーメン戦争を生き残るために各店が切磋琢磨してきたからであり、他のいわいる伝統的な食がぱっとしないのもその逆のためである。 競争が発展をもたらすのは、国の発展についても同じで、日本は戦国時代にドンパチやっていたために、当時としては世界随一の技術力をもっていたが、江戸の安定期をむかえると発展は衰え、幕末に蒸気船で目を覚ましたしだいであるし、ヨーロッパも中世から年がら年中戦争をやっていたものだから、近代では優位に立てた。 アメリカがこのごろ戦争にこだわるのは、このあたりのことを知っての上でやっているという気もいささか致しますが、アメリカの場合、圧倒的優位に立ってしまい競争にならないわけでございまして、どうにも今回の戦争は発展にはつながらないと思うのですが、如何。 り 理屈ではなんでも言える。白を黒ということも簡単である。故においらが議論をしなくなったのもそれによるものであり、多くの人がしないのもまたそれによるものではないか。誰が議論をこんなものにしたのか。あえていいません。 る 「る」と言えば、幼稚園時や小学生の時で、しりとりやると、「る」で始まることばは少ないから、最後に「る」で終わる言葉を言えばいいんじゃんってなことで必死に考えていたけど、実は「る」で始まることばより「づ」で始まる言葉のほうがすくなかったりする。小学校高学年でこのことを知っているやつはオトナだと思われていた。でも、「づ」で終わる言葉も少なかったから実戦的ではなかったのだが。 れ 歴史小説に凝っていたことがある。似たジャンルに時代小説があるが、こちらはあまり好きではない。ちなみに歴史小説と時代小説の違いであるが、歴史小説は出きる限り史実に基づいたもの、時代小説は『水戸黄門』のように時代設定は昔なのだが話はフィクションというものである。 好きな作品はいろいろあるが、特に印象に残っているのが司馬遼太郎の『関が原』である。 中でも、徳川家康と忠臣・鳥居元忠が最後の分かれをするところの描写と石田三成と親友・大谷吉継、そして吉継の家臣・平塚為広のやり取りの描写が好きで、そこを自分で紙に写しもしたものである。 以前、石田三成と大谷吉継のことは書いたが、今度はこの作品で描かれていた吉継と為広のやりとりを引用したい。シチュエーションは、吉継が三成の味方につくことを決意した時である。 (大谷)「武士とはおもしろいものだ。そこもとの寿命もどうやら今年かぎりときまったぞ」 「望むところ。」 と、平塚孫九郎は、老いた顔をほころばせた。やがて茶ばなしでもするように、 「この身の果てにかような大戦さができようとは思いもよりませなんだ。しかも江戸の老虎を討つ義戦とあれば、ずいぶんとさわやかな死花が咲きましょう」 この夜、垂井の宿に驟雨が通り過ぎ、地を裂くような雷鳴をとどろかせたあと、ほどなく霽れ上がった。 文学的な話はさておき、時々、小生は戦国時代が羨ましくもなる。無論、戦乱の時代より平和な時代がいいのはそうなのだが、しかし、今の時代は、年をとってもさわやかな死花など咲かせることもできず、おとなしくジメジメと枯れるの を待つしかないからである。 ろ 「ロンドン」と言えばキャバレー。キャバレーといえば「ロンドン」。このあたりだと立川にあるけど、さすがに敷居が高くて行ったことはない。かといってキャバクラにも行ったことはない。なんで高いお金を払ってまでネーちゃんの御機嫌とって盛り上げなければならないのか。良く考えれば、なんであれで商売が成立つのか、不思議である。自分のまわりの社会人や学生でキャバクラに行ったことがある人も皆同じことをいうのだが、まったく不思議である。 わ わかりにくいのが歴史の近現代史。日本史なんかも明治維新以降の歴史、特に昭和の初期ってのは分かりにくい。 それで、考えたのが「小説で読む 日本近現代史」。その時代をテーマとした小説を集めて歴史を分かりやすく理解しようという話。 具体的な構成としては、明治維新は、司馬遼太郎の『竜馬が行く』、草創期は『飛ぶが如く』、そして日露戦争は『坂の上の雲』。城山三郎作品からは、浜口雄幸について書いた『男子の本懐』と広田弘毅について書かれた『落日燃ゆ』、高橋是清については津本陽の『生を踏んで恐れず』。これをうまく編集して編年体に近い形でにできれば売れそうな参考書になりそうなのだが。 そう言えば『坂の上の雲』は、再来年にNHKスーパー大河ドラマってことで映像化されるらしい。あれは、司馬遼太郎本人は「軍国主義賛美につながる」ってことだったので映像化を禁止していたのだが、その運びになった。しかし、『坂の上の雲』の映像化ってのは軍国主義賛美につながるのだろうか。日教組あたりはそんなことを言うのかもしれないが、どうもそうは思えない。 あれは、ようはロシア軍の士気が劣っていたことと遠方からの派兵だったこと、日本艦隊の下瀬火薬が高性能であったことが勝因であって、しかも勝ったというよりはむしろ負けなかっただけだろ。 まあ、たしかにその後、東郷とか乃木なんかを祭り上げてこの勝利を神がかったものにしてしまったから、その後の日本はメチャクチャになったのだけどさ。そう考えればこの映像化は軍国主義賛美につながるどころかむしろ逆だと思うよ。 を 「をいをい勘弁してくれよ」。実はこのコラム。月曜日の夜6時ごろに第一稿を送ったのであるが、そのときは「あ」から「ん」まで全て埋めることが出来ずにところどころ穴になったまま「これで勘弁してくれよ」ってことで出したんだ。 そしたら、1年生の担当者が「いや、ギリギリまで待ちますから死んででも全て埋めてから提出してください」なんていいやがるの。 おかげで今朝の5時。「ん」を書き上げて、第2稿を提出する次第。 卒業を間近に控えた大先輩に「徹夜してでもヤレ」と言う後輩。新聞部の将来になんら不安を残すことなく卒業できそうです。 ん んーと、どうやらこの「社会の窓が開いているよ」もこれで終わりらしいので、それでは。ごきげんよう。 【を】 |
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