TYPE6

商学部 前期 仙台第一高等学校(宮城・県立) 男(現役)

<受験校>

慶應義塾大学環境情報学部(○)
一橋大学商学部前期日程(◎)
京都大学経済学部後期日程(受験せず)


●序

 僕の受験を貫いていた一つの精神があるとすれば、それは、『受験を楽しみ、マイペースを守る』ということです。受験を楽しむ、ということに違和感を持つ方もいるでしょうが、僕はどんな教科をやるときでも自分がつまらないと感じる勉強は一切せず、たとえ効率は悪くても自分にとって楽しいと思える方法で勉強をしてきました。ですから、受験勉強開始の時期や進め方、勉強法、参考書にいたるまで、普通の受験勉強をしていた人たちのそれとは異なりますし、ある意味常軌を逸しています。でも、僕は自身のやり方が唯一最善の方法だと主張する気はありませんし、これを真似すべきだとも言いません。

   唯一僕が皆さんに考えてもらいたいのは、いかにして縛られた受験勉強から抜け出し、受験を主体的かつ能動的に受け止めていくか、ということです。ここで大切なのは、縛られた中で客体的に、受動的に物事をこなすということには、何の経験も、知識もついてこないということです。「受験とは縛られたものだ」と主張し、そういう受験をする人たちを非難する気は毛頭ありませんが、受験という同じ道を歩んできた中で、僕のほうが彼らより多くのことを得られ、多くの人生経験を積めたはずだと、僕は胸を張っていえます。皆さんが僕の体験記を読んでどのような感想を得るかは分かりませんが、一般に言われているものとは違う「異質の受験勉強」もあるということを知っていただければ幸いです。


●文系にした理由

 父が法学、母が教育学、祖父母が心理学と教育学というように、なぜか我が家の家系には文系が多く、理系についての情報がないまま育ったため、その家庭環境に流されて文系に行ったという感じです。でも、小学校のころから新聞の経済面を読むのは好きでしたし、経済という分野にかなり興味があったので、「文系でいいよ、経済やってみたいし」という感覚はありました。高校では数学がかなり得意で、数学教師に理系進学を勧められることもありましたが、以上の2つの理由により理系進学を断固拒否、文系人になりました。


●一橋にした理由

 高1の春頃「経済やりたい人ってどの大学に行けばいいんだろ」と考えていたところ、ある友人から「じゃぁ一橋じゃねぇ?」と軽く言われたのがきっかけでした。「よし、経済系日本一の大学なら」と思い、入ってみるか、と決意はしましたが、当時大学の偏差値についての知識もなく、「そんな大学聞いたこともないしちょろいだろ」などと思っていました。そのような適当な大学選びだったので、2年の後半、実は自分の志望校がとてつもなく難しい大学だったことを知ってかなりびっくりしましたが、その時点では判定も悪くなく見栄もあったので、そのまま直行を決めました。最終的には一橋の選択可能言語の多さだとか、四大学連合だとか、いろんなシステムが気に入ったというのもありましたが、それらはいわばつけたしのようなもので、出発点は単なるミーハー精神だったと明言しておきます。


●受験科目

【社会】
 3教科やりました。一つ目は、センターで使った地理。結局社会の中では一番多くの時間を使っていました。ちなみに、選んだ理由は「歴史の暗記が単純に嫌いだったから」という情けない理由です。また、理科は地学をとることに決めていたので、それと関連させて覚えることができるかなぁと思ったのも理由の一つです。

 二つ目は、同じくセンターで使った現代社会。これは地理に飽きた時の暇つぶし程度にやっていただけでしたが、結果的にセンターの点数は地理より上でした(2003年度入試までは、現代社会では一橋受験できませんでした。要は、本当に遊びでやっていたということです)。

 三つ目は、二次試験用の流通経済。高3の4月頃からこの教科について調べはじめ、自分でも受験できると分かったので、勉強し始めました。選んだ理由は、過去問を見たときに解けそうな問題が一番多かったから、という単純なものです。僕はセンターの地理は2年時でも7〜8割は取れたと思いますが、二次の地理はたぶん0割だったと思います。「流通経済」という謎めいた教科で受験することに対し周囲から反対もありましたが、結果的には自分に一番合った教科だったと思います。

【理科】
 地学をとりました。とった理由はごく単純に、僕の高校では文系選択者の半数以上が地学(しかも地学のセンター平均が8割強)だったからということです。でも、最終的にかなり地学の世界にハマってしまい、国立大の二次試験も解けるくらいのレベルになりました。楽しめばこんなに簡単に点数を取れるようになるんだな、と感じたものです。


●模試の結果

 僕の模試結果は、3年生の時はボロボロでした。具体的には、
  8月河合マーク模試…DH(まちがって国語Tを受験)
  11月河合マーク模試…Congratulation!
  11月河合一橋オープン…Delightful!!
  11月代ゼミ一橋プレ…Excellent!!!!!


●模試について

 僕は、上記の結果でも合格しました。現役で。つまり、僕にかんして言えば、模試は全然アテにならなかったということです。結果的には、僕が受けた模試の中で一番正しいといえたのは、2年後半の進研模試(B判定)と、3年時の高校の実力テスト(B判定)です。それらの試験がなぜ当たったのか。僕なりの答えは以下の通りです。
 まず2年後半の模試は、現役生のスタートの位置がはっきりと見えるため(浪人生という要素を統計から外しているので)、たまに出てくる大逆転タイプ以外の人についてはほとんどの最終順位が分かるという点があげられます。それは「受験生であれば誰もがある程度勉強をするので、現役生の中ではほとんど順位の変動は起こらない」という事実に対応しています。
 また、学校の実力テストには、高校ごとの生徒の伸びかたのタイプ(着実型や逆転型など)を一番よく把握している統計だという特徴があります。例えば、僕の高校は逆転型の生徒が非常に多いところだったので校内実力テストの判定は予備校のものより甘めでしたが、実際に僕自身先輩と同じような成績上昇カーブを描き、判定どおりの結果になりました。自分の学校が特徴ある学校であればあるほど、模試よりも校内テストの方が参考になる統計なのだと思います。


●受験勉強について

★受験期以前
 1日の勉強時間が限りなくゼロに近く、テスト前にしか真面目な勉強はしませんでした。高2になって社会が世界史から地理に変わり暗記が必要なくなったため、その傾向はさらに加速しました。どれだけ適当な学習態度だったかというと、当時の僕の口癖「テスト期間中は午前授業だし、ずっと好きなことやれるよ♪」というのが端的な例でしょう。それでも学年順位は悪くなく、そこに甘えていたのが苦労の始まりのような気もしますが。

★高2の秋
 最初に受験というものを意識して勉強したのがこの頃でした。きっかけは、中学高校と続けていたボランティア活動が引き継ぎの時期を向かえ、そろそろ次にやることを見つけるか、と思い、「とりあえず受験かな」と単純に切り替えてみた、ということです。もともと試験前には夜10時半に寝て朝3時半に起きて勉強という「朝(浅)漬け」をやっていたので、それを毎日行うことにしました。また、学校の英語の授業が教科書の解説程度だったので、その時間を有効に過ごすために、授業を聞きながら別の文(簡単な300〜400語のもの)を読むということをやり始めました。それにある程度慣れた頃からは他の授業でも授業を聞きながら他の勉強をするということもやり、授業時間を最大限利用することに努めました。
 その頃はまだ朝と授業時間以外は何もやっていませんでしたが、授業を利用する、という方針はそれ以降も変わることのない、僕の受験時代を貫いた戦略でした。

★高2の冬
 秋の勉強法を継続して行いましたが、この頃は朝がつらく、朝勉の量は減っていたように思います。英語の文章を読むのは楽しかったので、1日当りの読書量は自然と増えていきました。

★高3の春
 よし!高3になったら勉強だ、と意気込んではいましたが、勉強スタイルはとくに変わらず。変わった点はといえば、たまに早くうちに帰った日に数時間勉強をやる程度でした。なかなか伸びない勉強時間に対して、読書時間は着実に増えていきました(勉強場所に図書館を使っていたので)。

★高3の夏
 夏休みは自宅で1日13〜14時間程度机に向かっていました(具体的な時間は不明)。でも、遊ぶところはずいぶん遊んでいましたし(2泊3日の合宿に2回参加)、かなり受験生離れした夏休みだったかと思います。夏期講習は学校の講座のみで、あとは自学自習。とりあえず、夏には『自分自身の』学習スタイルを確立したかったので、夏期講習という受動的な勉強は最小限にとどめました。

★高3の秋〜冬
 夏休み明けの実力テストで思ったような結果が出ずにいたので、受験生がだらけやすいといわれる9・10月も、かなり真面目に勉強を続けていました。毎日放課後、トマトジュースを飲みながら、クラスの友達と夜遅くまで勉強をしていました。隣にいる友の姿は心強かったものです。そのおかげか、11月の校内実力では好成績をマークし、すこし自信をつけることができました。
 でも、一橋対策というものをほとんどおこなっていなかったので一橋模試は惨敗。まさか自分がExcellent(僕の高校ではたいていこう呼ばれていた)だなんて…、と焦ったものです。高校時代一番の親友が自己推薦で早稲田を決めたのもこの時期だったので、焦りはいっそう増しました。

★高3の冬(仙台の冬は長いのさ)
 冬休み前は学校で行うセンター対策を素直に受けていました。冬休みは夏休み以上に集中して、かなりがんばって勉強をしていたように思います。でも、いつの間にか勉強スタイルが超深夜型へと変わっていったので、生活のリズムはひどいものでした。

★センター後
 完全な一橋対策に切り替え(詳細は下記参照)、前期一本でがんばりました。センターの結果があまりにも悪かったので、周りから一橋を諦めろとの声も聞こえ、それが本当に苦痛でした。
 一日一日が非常に長く感じる中で文字どおり「必死に」勉強していました。この時期、勉強を重ねていくうちに自分の学力の伸びも感じることができましたし、なによりセンター後の精神的落ち込みから回復していったのが大きかったように思います。センター失敗のせいもあって、勉強の時間・効率ともにほかの時期とは比べものにならないくらい高かったと思います。


●科目別勉強法

【現代文】
 問題演習ばかりをやっていました。ある程度解き方のコツをつかんでしまえば、問題演習の繰り返しで伸びる教科だと思います。でも、僕があまり現代文を苦にしなかったのは、小学生の頃から毎日読んでいた新聞と高校時代に読みまくった新書によるものが強かったように思います。

【古典】
 一橋受験のためにはセンターレベルまでをやるだけで良いわけですが、それには、とにかくの古典の文章の背景となる事実や、古典の基本常識をマスターすることを薦めます。そうすることで文章に対する理解やおもしろみが増し、古典を楽しく読むことができます。あとは、なにか好きな古典の名作を原典で読んでいれば、いつの間にかできるようになる教科だと思います。ちなみに僕は古文単語というものを真面目にやったことはありません。

【地理】
 地図帳と統計表を携帯し、銀の生産量1位の国とか、ウルルン滞在記のステイ先の気候帯とかが急に知りたくなったときにすぐに調べるようにしていました。遊び半分でやっていたことではありましたが、意外と覚えることができました。ほかにも、ニュースで出てきた国と日本との貿易とか過去の関係とかを調べたり、「教科書を使わない」勉強の繰り返しで、地理に強くなっていきました。

【流通経済】
 需要が少ないと思うのでカット。ただ、読書が中心だったことは伝えておきます。

【数学】
 僕自身、かなりの得意教科だったのであまり真面目に勉強せずとも取れたのですが、数学ができない人に共通しているのは、とにかく基本ができていないことだと思います。
 僕の周りにも、「基本のことの理解を中途半端にしたまま発展問題にいき、結局全然できない」といったタイプの人がかなりの数いたように思います。対数の計算はできるがそもそもの意味が分からない人や、漸化式を一般項には直せるが漸化式の定義が分からない人がとのタイプの典型でした。そういう人はとにかく、まずは一つ一つの公式や概念の「数学的意味」を理解していくのが近道のように思います。
 ほかのタイプとしては、解答のパターンを暗記に走りすぎる人もたくさんいました。数学の解答法は、パターンの暗記も必要ですが、どういう時にどういう解法がどうして有効なのか、またその解き方には数学的にどんな意味があるのか、ということを全て理解する事が大切です。これらの人は、そういった作業を暗記という方法で逃げてしまっているため、頭の中で解き方の整理ができず、とっさにどんな解き方をすればよいかが分からないのです。これの解決には、全ての問題に対して逃げずに向き合うことに尽きるでしょう。

【地学】
 学校の授業を真面目に聞いていました。もともと興味のある分野が多かったので、テスト前もずいぶんきちんと対策しましたし、それが最終的にセンター対策にもつながっていきました。

【英語】
 僕の英語の基本方針は、単語は必要最低限に抑え、足りない部分は文章読解力で補う、ということでした。そのために、高2の冬から高3の春まで1日1000語、高3の夏以降は1日3000語の英文を読むことを自分に課し、読解力をつけました。一応冬休みには単語をやりはじめましたが、読解の課程で重要単語といえるものはほとんど覚えてしまっていたので、「いつも出てくるんだけどいつも辞書を引いちゃうんだよなぁ」というような単語を覚えるぐらいでした。
 また、個人的に英語の語源について興味があったので、英単語の語源の本から新しい単語を覚えることもままありました。熟語や文法、文整序の問題にかんしては、英検対策(準1級か2級のもの)の問題集を一冊買って解答を見ずにひたすら辞書を引きまくって完成させる、という方法でだいぶ覚えることができました。
 ちなみに、僕はリスニング対策をサボった結果、本番の試験では散々でした。


●使った参考書・問題集(それぞれの印の意味は以下のとおり …〜3年夏 …夏〜冬休み …冬休み〜センター …センター後 ¥…通年)

現代文 ¥ 出口の実況中継(語学春秋社)
出口の問題集4,5(東進ブックス)
センター過去問
出口の問題集6(東進ブックス)
全国大学入試問題正解国立大編(旺文社) 
古典 センター過去問
単語帳は家にはあったが結局使わず
地理 権田の実況中継(語学春秋社)
センター過去問
センター対策問題集(代ゼミ、駿台)
流通経済 ¥ 教科書
¥ 各種新書
数学 ¥ 大学への数学東大東工大スペシャル(東京出版)
大学への数学京大(研分書院)
センター対策問題集
オリジナルスタンダード数学TAUB(数研出版)
地学 センター過去問
英語 ¥ 1000語くらいの英文がまとまって載っている本
¥ 解体英熟語(増進会出版)
¥ ロングマン英英辞典ハンディータイプ
英単語記憶術(カッパブックス・たぶん絶版)
試験に出る英単語
英検2級・準1級対策問題集
センター対策問題集(駿台)
全国大学入試問題正解・私立大編(旺文社)
英語長文問題精構・英文標準問題精構(どちらも旺文社)
全国大学入試問題正解・国公立大編(旺文社)
リスニングのトレーニング(増進会出版)

 ※これらの参考書は、学校の先生に借りたものや友人との交換によって得たものなども含んでいます。全部を自前でそろえようとすると数万円かかるので注意してください。僕が参考書に使ったお金は、1万円にも満たなかったと思います。


●過去問集について

 初めてやったのは高3の4月。以降、高3の夏になんとなくやってみたのを除いてはセンター後まで手をつけませんでした。逆に、センター後は過去問を実際にやり、研究し、本番に備えました。とくに国語の要約問題にかんしては10年分くらいの過去問を実際に添削してもらいました。一橋の二次試験の問題は傾向が非常に分かりやすいので、過去問集はかなり有効でしょう。


●センター試験対策

 冬休み前から学校の授業では連日センター対策でしたが、自分でやったのは冬休み以降です。過去問は授業中にやっていたので、自習のときは駿台とか代ゼミとかのセンター予想問題集が中心でした。英語については、センター対策系問題集のほかに私大のマーク式の問題も1日1〜2年分おこないました。センター前は全ての教科についてセンター対策ばかりをおこなっていました。


●センター試験受験結果

 前述のように、惨敗でした。
英語数学TA数学UB国語地学地理(現代社会)
172946491836875572
 「センターなんて670〜680ぐらいは堅いだろう」と思っていたのが間違いでした。数学UBは完全に舞いあがり、最後の1分で正解だったところを消してしまうという大失態。地学は試験時間を20分も余らせておきながらケアレスミスの嵐。国語は、何も言えません。

 この結果のせいで、当然受けられるものと思っていた一橋大後期が受験不可能となり、後期日程は「アシキリがない」という理由だけで、それまで考えてもいなかった「京都大学経済学部」へと出願しました。


●私立対策について

 得意な数学と、やれば何とかなりそうな小論文の組みあわせだったので、はじめからあまり対策をする気はなく、センター後でいいか、とたかをくくっていました。ところがセンターで失敗し一橋対策に一心を傾けていたため受験前にたいして対策の時間もとれず、それらしい対策は学校の先生からの数回のアドバイスのみ。ありえないことに、人生最初の小論文が慶応入試となってしまいました。
 それでいて合格できたのは、単純に数学ができたのと、一橋対策のときに論理的な文章作成技術を学ぶことができたからでしょう。慶応のSFCの小論文は難しいといわれますが、論理的に物事を説明する力があればそんなに怖くはありません。数学が得意な人は併願してみるといいと思います。


●一橋対策

 センターの結果により一橋を受けられるのは前期のみとなり、そこに神経を集中させました。
 まずやったのは、国語・英語・流通経済の過去問の研究。それによって、国語は問題文の著者にかたよりがあることが判明したので、出題されそうな著者をチェックし、その人の文で作られた国立大の問題を洗いざらい演習しました(本番で加藤周一の問題が出題され、予想的中)。英語は、長文のテーマが毎回社会科学的であることに着目し、同じようなテーマの長文を中心に問題演習をしていきました。流通経済も同様に出そうなテーマを20個ほどチェックし、的中させました。
 数学は過去問研究こそあまりやらなかったものの、とにかく全問完答を目指し、「大学への数学」に加えて数研出版の一番難しい問題集もやりました。本番では、整数問題がその問題集のものと酷似しており、かなり楽に進めることができました。
 また、国語の要約問題と自由英作文はセンター後、学校の先生にほぼ毎日添削をしてもらい、それを友人と一緒に見てもらいました(その友人は僕とともに一橋大法学部に合格)。同時に添削をしてもらうことで、実際の入試ではどういう風に優劣がついていくのかが理解できました。ちなみに自由英作文のテーマも予想通り。思わず笑いました。


●一橋前期

 1ヶ月強の集中的一橋対策も試験前日には終わりにし、リラックスしながら大学の下見や受験会場のチェックをおこないました。そこで偶然一橋新聞と出会い、それを読みながら入学後のことなども考えていました。

 試験1日目は、最初の国語から加藤周一が出たので結構ハイテンションに試験時間を過ごしました。しかし、得点源のはずの数学が思うようにできず1日目は「微妙」としかいえない状態。
 2日目の英語はかなり緊張し、試験前に震えていました。でも問題としてはそれほど難しく感じず、それなりにはできたかな、という印象でした。文法問題の形式が変わっていたのには驚きましたが。最後の流通経済は気楽に構えていたところ、大問1個だけ全然予想していなかった形式のものが出て、かなり焦りましたが時間内には書き終えることができ、そこそこ満足。その日は慶応の合格発表だったので帰りにSFC合格を知り、これで受験が終わった(自分の中でSFC>京大だったので)という達成感と共に軽い足取りで帰宅しました。


●前期試験終了後

 「受験が終わった」という開放感のもと、それまで数ヶ月我慢していた読書を徹底的にすることでストレスを解消しました。一橋受験者には古文の知識が足りないからと、百人一首についての本を読んだり、これから大学に行くんだからと『学問ノススメ』を読んだりと、かなりリラックスしながら「自分の好きなこと」が思いのままにできる状況を楽しんでいました。
 合格発表もかなり待ち遠しく感じましたが、インターネットの解答速報を見て英語で意外と取れていないことが判明したせいもあり、変にビクついていました。今思うと、受験終了後の「安堵感」と発表前の「不安感」が入り混じった、不思議な期間だったように思います。


●前期合格発表

 当日、発表の時間を間違えて国立で3時間もの暇を潰すハメに。ずっと大学内で本を読んでいましたが、そのうちに「合否なんてもう決まってるんだから、そんなものに感じ入ることの方がムダだよな」という感情が芽生え、かなり冷めた感じで発表を見ることになりました。実際、番号があったときも、あったねぇという感覚しかしなかったので喜びもそんなになく、むしろ番号があることが不思議でなりませんでした。今思えば、もっと劇的に叫んだりした方がよかったのかもしれませんが。


●受験生に一言

 序章の繰り返しになりますが、「自分」というもった姿をキチンと持った受験生になってください。大学に入った後、そういう態度で臨んだ勉強のみが自分のとっての肥やしになっていると気づくはずです。受験を将来的に役に立つものにするかどうかは結局自分次第なんだということを決して忘れないでください。

以上。