name

 洋画を見るとき、吹き替えより字幕を選ぶという人は少なくないはず。映画館で字幕映画を見ると、作品によってはゴシック体とは異なる独特の書体が使用されていることがあるのだが、気付いていただろうか。そして、その文字が元は手書きであることを知っていただろうか。そこには、日本の映画界を影から支えてきた“技”がある。 記者:幅諒子

image

point映画史とともに

 タイトルライター。字幕翻訳者が訳したセリフを、一文字ずつ手で書いていく専門職のことだ。佐藤英夫さんはそのタイトルライターとして40年以上もの間、字幕文字を書き続けてきた。

 終戦後、アメリカから日本に大量の映画が流れ込んできた。そんな時代に大の映画好きへと育った佐藤さんは、字幕翻訳者である叔父の会社に就職。手先が器用だったことから、字幕文字を書き始めた。

 最初はアメリカのテレビドラマシリーズなど短・中編作品を担当して修行を積んだ。5年ほどで「読みやすく、かつパーソナリティのある自分のスタイルが確立した」という。それから字幕を手掛けた映画はなんと2500作品以上にも及ぶ。『アラビアのロレンス』、『ダーティハリー』から『007』、最近では『ハリー・ポッター』まで、携わった作品は枚挙に暇がなく、誰もが知っている有名映画が名を連ねる。

point工夫の連続―理想の字幕のために

 フィルムに字幕を入れる工程、現在は文字をワープロで打ち出しレーザーでフィルムを焼き切る方法を用いる。しかし佐藤さんが仕事を始めた当時そんな技術はない。紙を黒く塗りつぶしたカードをせりふの数だけつくり、そこに細筆で白い文字を一つ一つ手で書いていった。専用の道具もなく、文字の太さを均一に保つために筆の先端を切って使うなどの工夫をし、文字列の縦横を揃えて書くためのゲージも手作りした。

image

 目指してきたのは「映画を見る邪魔にならない、さらっと目に入る」字幕。そのためには、文字の形はもちろん、空白の広さや全体のバランスにもこだわる。単純な中央揃えでなく漢字とカナの分布によって中心をずらし、たとえ同じ熟語でも周囲の文字との兼ね合いで文字の間隔を変える。長年の経験で培った感覚が頼りの仕事だ。 

image

 「戦争映画なんかは大変だったね。『爆撃機』とか『駆逐艦』とか、画数の多い漢字ばかりで」。1本の映画につき字幕カードは1000枚以上。最も仕事が忙しかった頃には、1週間で映画1本半もの字幕を請け負った。朝から晩まで書き続け、それでも間に合わず現像所に仕事を持ち込んだこともある。

point「手書き」を機械で

 日本で公開される外国映画の本数は増えつづけ、技術的な進歩もあって70年代からは写植文字も使われるようになった。「なかには、『時間がかかってもいいから手書きの字幕にしたい』と言ってくる制作会社もあったのだけど」。手書き字幕の需要がなくなったわけではなかったが、やはり機械の速さには敵わない。現在では公開される映画の半数以上にゴシック体の写植が使われている。

 そして、手書きの文字にも転機が訪れる。コンピュータに文字を取り込んで、字幕文字をフォント化する――そんな話が持ち上がったのだ。

image

 最初、配給会社からフォント化のオファーがあった。しかし、実際にその仕事を手掛けることになったのは、息子・武さんだ。父親が書いたおよそ8000文字をすべて取り込み、それぞれにイタリック体、縦書き用、ルビ用といったバリエーションを加えて「シネマフォント」を製作した。それから字幕作成の作業は格段に早くなった。メールで送られてきた原稿をテキスト処理したのち、読み込んでカードに出力すればよい。すべてを機械任せにするわけではなく、文字の間隔やバランスの細かい調整など、人間の目によるチェックもかかせない。今では、父子二人の共同作業だ。

 また、一般的にビデオやDVDの字幕にはゴシック体の活字が使われるが、最近新たにDVDとしてリリースされている過去の名作映画、例えば『ベン=ハー』や『風と共に去りぬ』といった作品にも、このシネマフォントが使用されており、映画館の雰囲気を再現するのに役立っている。

 もちろん、佐藤さんが手書き文字の良さだと考える「雰囲気作りや遊び心の発揮」は、フォント化されたあとであっても忘れない。例えば『ハリー・ポッター』シリーズでは、魔法の呪文用にファンタジックな書体を、敵のセリフ用におどろおどろしい書体を新たに考え出し、好評を得た。「原作本なんかも参考にしながらね、イメージを膨らませてみたんだよ」

point少しでも多くの感動を

 映画が終わった後のエンドロール。そこにタイトルライターの名前が出ることはない。しかしそのことに「不満はない」という。「僕は映画が大好きだから、自分のできる範囲で映画を面白くしていきたい。一人でも多くの人が、映画をより楽しんでくれたなら、それで満足だね」。佐藤さんの言葉は、おそらく映画に関わるすべての人たちの共通の想いでもあるのだろう。

 効率ばかりが重視されがちな時代。だが、数々の映画の感動を日本人へつないできたこだわりは、一つの文化として確実に残り続ける。そのことを佐藤さんは「ありがたいね」と笑った。

profile
佐藤英夫(さとう・ひでお)

1938年東京都港区生まれ。大学卒業後、翻訳プロダクションに入社。1995年に独立し、
自宅で映画字幕タイトルプロダクション「Advanced Media Laboratory」を立ち上げる。

leaf