電車での移動時間。あなたは何をして過ごしているだろうか?読書、睡眠、携帯、etc。それに加えて、JR山手線やJR中央線の利用者ならこう答えてくれるかもしれない。
――「テレビを見る」。
テレビといっても、普通のテレビではない。電車内での放送に特化したミニ放送局、その名も「トレインチャンネル」。ニュースや天気予報、占いやクイズなどを放映するドア上のモニターはすっかり利用者に定着し、顔を上げてモニターを見つめる人も少なくない。この「電車にテレビ」というアイデアはどこから生まれたのだろう? 今回は、このトレインチャンネルを運営する株式会社「ジェイアール東日本企画」(以下「JR企画」)の交通媒体局媒体開発部の山本孝部長(写真左下)と、同局車両メディア部の星大副部長(写真右下)にお話を伺った。
難産の末の運用開始―「間に合わない!」
「トレインチャンネルの話が持ち上がったのは、1999年ごろだったかな」。当時、JR東日本で広告事業を担当していた山本さんは、こう振り返る。その時、山手線に新型車両を導入すること、およびその車内に出口の場所や乗換え路線の案内などをする「インフォメーションモニター」を新たに設置することが決まっていた。そんな中「ドアのうえに2つモニターをつければ、もう1つは広告に使えるのではないか?」、「ただ広告を流すだけではなくニュースや天気予報もコンテンツとして加えれば、乗客へのサービス向上になるだけではなく、モニターへの注目度があがり広告効果も倍増するのではないか?」という提案がJR東日本でなされ、JR東日本の広告を管理するJR企画と共同で検討が始まった。
最大の課題は、どうやって電車にコンテンツを送るかという点だった。車庫に止まっている電車にワイヤーで送る方法が考えられたが、山手線電車の多くは日中車庫に戻らず運転しており、特にラッシュ時には車庫に待機する電車はほとんどない。全ての電車が車庫に戻る終電から始発までの時間は、1時頃から4時頃までのわずか約3時間。電車の一本一本にワイヤーをつなげて情報を送ることは不可能だったため、車庫に戻ってきた電車に無線LANで伝送する方法が採用された。だが、今から約10年前、進化を続けているとはいえIT環境はまだまだ脆弱であり、無線で大容量の情報を送ることは簡単な作業ではなかった。
さらに、トレインチャンネル設置が正式に決まったときには、既に新型車両の設計が始まっていた。そのため、無線で受け取った情報をモニターに映し出すために必要なトレインチャンネル用の配線に十分なスペースを確保できず、大容量の動画や画像を使ったコンテンツの提供が難しくなってしまった。
無線LANの容量不足、車両の未対応。トレインチャンネルの導入は決まったものの、当時開発を担当していた星さんは大きな不安を抱えていた。「果たして本当にコンテンツの入れ替えが可能なのだろうか」「そもそも、本当にモニターに映るのだろうか」。新型車両の運転開始日が迫るなか、「開発中に『もう間に合わない!』と何度も叫びました」と星さんは語る。
2002年4月21日、山手線の新型車両が運転を開始した。その車内には、トレインチャンネルが予定通りはっきりと映し出されていた。当日まで不安を抱え続けていた星さんは、心から安堵したという。
進化したトレインチャンネル
運用当初は、無線LANの容量の問題からコンテンツの頻繁な更新は難しく、ニュースや天気予報も画像のない文字放送によるものだった。全ての山手線電車が新型車両に置き換わった2005年、JR企画はトレインチャンネルの大規模な改修を決断し、コンテンツを送る方法として、無線LANではなく軍事用から民間に開放されたばかりの「ミリ波」を採用した。
ミリ波の導入には大規模な設備投資が必要となったうえ、照射角度が小さいというミリ波特有の問題により、照射設備の設置に苦労したという。しかし、ミリ波はより容量の大きい情報を転送できるため、写真つきのニュース、天気予報の放映が可能になった。さらに、ミリ波は高速であるため、短時間での情報の転送が可能になり、頻繁な内容の更新が実現できた。この結果、例えば松井秀喜選手がニューヨークでホームランを打てば、わずか数時間後には彼がホームランを打つ写真を電車内で目にすることができるようになったのである。 2006年12月には中央線にも新型車両が導入された。この車両は設計当初からトレインチャンネルの放映を前提としたものであり、電車内の配線も充分な太さを確保できた。このため、配線が細い山手線車両では難しい動画ニュースの放映が可能になった。トレインチャンネルは運用開始以後も進化を続けてきたのだ。
工夫が詰まった「ミニ放送局」
では、実際どのようにしてトレインチャンネルは放映されているのだろうか。ミリ波の照射設備のある駅に電車が到着すると、まずはその日のニュース・天気予報、占い等の更新分が優先的に転送される。その後発車までの余った時間に、次週の分の広告やクイズ、英語番組などが転送される。これらは事前に転送された放映スケジュール表に従って、電車内のシステムによって1本の番組に編集され、基本的には同内容で繰り返し放映される。
さて、トレインチャンネルは電車のなかで放映されるという特殊な条件下にあることから、様々な工夫がなされている。例えば、株式会社「ソニー・コンピュータエンタテインメント」は占い番組を提供しているが、そこで流れるゲームのCMは放映時間によって変わる。通学時間帯には学生向けのゲームの、昼間の時間帯には大人向けのゲームのCMをそれぞれ放映し、客層にあわせた広告をしている。また、朝のラッシュ時に女性専用車両に設定される中央線の1号車では、ファッショントレンドニュースや稽古事に関する情報など、女性向きのコンテンツを重点的に放映している。そしてJR企画が一番重要視しているのは、「一つのコンテンツを長くしないこと」。JR企画の調べによれば、乗客の平均乗車時間は山手線で約12分、中央線で約17分。その短い時間のなかで情報を最大限効率よく発信するために、ニュースや天気予報など全てのコンテンツは1分で構成されている。しかし内容が1分でも、電車が駅に到着する直前にコンテンツが始まってしまえば、その駅で降りる客は最後まで目にすることが出来ない。「『電車を降りるまでにクイズの答えが分からず悔しかった。なんとかしてくれ』という苦情がたまにくるんだけど、どうしようもないね」と、星さんは笑って話してくれた。
より充実し、より身近に
トレインチャンネルの裏側には、ミリ波などのハイテクなシステムと、JR企画や、広告・コンテンツを制作している人々の手による様々な工夫があった。現在、星さんはトレインチャンネルの広告枠を販売する仕事、山本さんはトレインチャンネル以後の次世代の交通広告媒体を開発する仕事にあたっている。星さんは「僕の仕事は出来るだけ広告を売ること。でもそれだけじゃお客さまはつまらないし、広告だってすぐに売れなくなる。トレインチャンネルには広告だけではなく、コンテンツがある。だからコンテンツを開発し、もっと拡充させていくのも、僕の仕事」と語った。
2007年秋からはJR京浜東北線でもトレインチャンネルを放映する新型車両が導入される。より身近になるトレインチャンネル。どの電車に乗ってもクイズや占いが楽しめる、そんな時代も近いかもしれない。














