今やテレビは携帯電話でも見られる時代。地上波デジタル放送などを利用した視聴者参加型番組も増え、私たちとテレビとの距離はますます近くなっている。岩倉暢子さんはそんなテレビ業界で働く一人だ。といっても、自身が表立って画面に映るわけではない。その仕事は「映像デザイン」。いわゆる「美術さん」である。
「映像デザイン」の仕事
「今度こういうのやるんだけど……」。あるバラエティ番組の演出担当が岩倉さんの元に台本を持ってくる。この台本に書かれている芝居ができるように、舞台となるセットを設計・デザインするのが岩倉さんの主な仕事だ。この時点で収録は約1週間後。時間の短さもさることながら、時には1軒の家のセットで複数軒の家として撮影ができるように、しかもできるだけ効率良く撮れるように工夫しなければならない。予算の制限もある。特に4月などの番組改編期はセットも同時に変わるため、一人でいくつもの番組を抱えて「地獄のような忙しさ」だという。
ここ数年は、日本舞踊や歌舞伎などの古典芸能を撮る番組にも取り組んでいる。数百年の伝統を持つものを、いかにして映像として残すか。舞台ではなくスタジオで収録するという性質上、舞台そのままのセットではうまくいかないものも多い。また、出演者によって昔からの伝統的な演出方法で行うものもあれば、テレビ用の新しい演出が加わることもある。「昔からのものだと、300年間考えに考えて舞台にのせられてきたものなのですごく勉強になるんです。新しいものは新しいもので、古いものを勉強した上でどうするか考えられて、どちらも面白い」。ときには電飾やドライアイスなども使い、テレビでしか見られない古典芸能を目指す。
忘れていた「やりたいこと」
実のところ、一心不乱に目指していた道という訳ではなかった。岩倉さんが就職活動をしていた2000年、世は不況の真っ只中。「本当に『えっ?』って思うくらい就職先が無くて、ましてや美大で女の子で建築なんていったら、初任給10万円だよってところしかなかったんですよ」。困った岩倉さんは大学の就職課を訪ねる。するとNHKの美術担当の求人を紹介された。そのとき、岩倉さんは忘れていた「やりたかったこと」を思い出すことになる。
元を正せば、エンターテイメントに関わる仕事をやりたいと思っていた。10代の頃から洋楽が好きで、色々なライブに片っ端から足を運ぶ。そのうちに「私もステージの方に行きたい」という思いが強まっていった。一度は大学も、舞台美術を専門に学べるところへ進学しようと考えていた。しかし結局、卒業後の進路なども考えた方がいいという母のアドバイスを受けて、より広い空間設計という意味での建築の道へと進むことになった。大学では課題などに追われる日々。いつしか舞台美術への思いは記憶の片隅に追いやられていった。「それを就職活動中に思い出して、テレビって意外と舞台美術に通じるものがあるな、ほぼ同じだなと思ったんです」と岩倉さん。
「こだわりがない」という「こだわり」
入社して7年目。まだまだうまくいかないことも少なくない。自分がこうしたいと思うものを演出担当に提案しても、プレゼンで通らないこともある。撮りたい画を考えても、うまく図面にまとまらないこともある。「絵から現物になるときに、なんか予想していたものと違っちゃうんじゃないかってすごく怖くて、眠れないんです」。しかし出来上がった映像が想像以上のものになったときの嬉しさは格別だ。「照明さんやカメラさんとガシッとタッグが組めたりするときは、やっていてよかったと思いますね」。だから、仕事のときはコミュニケーションを欠かさない。
この仕事をしていく上での「こだわり」や「こうでなきゃいけない」というものは、あまりないという。人が出したアイデアも、良いものならばすぐもらってしまう。強いて「こだわり」と言うのならば、「よりきれいで、よりおもしろければいい」。洋服でも人がいいと言うものは割に着るように、人がいいと思えばそれでいいのではないか、岩倉さんはそう思っている。「ギスギスした現場のものって、画面に出るとなんだかギスギスしている気がして。だから現場はなるべく明るく楽しくスムーズな方がいい。そうするために心を砕いているところがあるかもしれない」
目指すものは…
岩倉さんの今の仕事はいわゆる「美術さん」。今後は、もっと広範な視野から番組に携わる立場にステップアップしていきたいと思っている。番組をよりよくするために美術やデザインの面から何ができるかというアイデアを出していったり、番組全体のデザインの一体化を図ったりと、今までよりももっと総括的な映像デザインに関わる仕事をしていくのが今後の目標だ。また、今やっている仕事ももっともっと極めていきたいと思っている。「NHKには岩倉っていうのがいるんだって言われるようになったらうれしいな」
普段は決して主役にはならないテレビのセット。しかしセットがなければどんな番組も味気なくなってしまうし、時にはセットが感動的なシーンをより盛り立ててくれることもある。そしてその裏では、今日もまた新たなセットの図面が描かれている。
1978年東京生まれ。多摩美術大学建築科卒業後、NHKに入社。
「サラリーマンNEO」などバラエティ番組から「芸能花舞台」といった古典芸能番組まで、
様々な番組でセットの設計を始めとした映像デザインに携わる。














