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 ひたすら「パーン!」と音が鳴っている。ブルペンキャッチャーがピッチャーの球を受けているのだ。「ブルペンキャッチャー」。主に練習時にピッチャーの球を受けるキャッチャーのことで、コンディション調整にも深くかかわる重要な存在だ。かつてプロ野球選手としても活躍した犬伏稔昌さんもその一人。過去を振り返りつつ、現在の仕事について語っていただいた。 記者:齋藤俊幸

point 少年時代を振り返って

 犬伏さんがボーイズリーグで野球を始めたのは小学校1年生のとき、動機は「肥満防止」だという。親は反対したが、すでに3歳年上のお兄さんがそのチームに入っており、またその当時から背が高かったため、監督・コーチから強く勧められたのだった。

 小・中学時代はそのチームでプレーし、高校は強豪・近畿大学附属へ進学。高3の春には選抜高等学校野球大会で全国制覇を成し遂げた。「このことが一番うれしかった」と高校時代を振り返る犬伏さん。この頃から、だんだんとプロを意識し始めたという。「それまではただ野球が好きで、なれたらいいな、という程度だったね」。野球少年からプロ野球選手へ。大きな一歩を踏み出そうとしていた。

 しかし、プロに行くにはある「条件」があった。付属高校出身の犬伏さんは、近畿大との兼ね合いから「ドラフト3位以内でないとプロには行かせない」と言われていたのだ。そして迎えたドラフト会議。テレビの画面の中で続々とコールされる他選手の名前を聞きながら、「頼むから引いてくれ!」と願った。そしてついに、中継の最後の最後、西武ライオンズからの指名。ドラフト3位だった。

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point 苦しかったプロの日々、そして「ブレイク」

 やはりプロの世界は甘いものではなかった。入団直後は3軍で、たまに2軍の試合に出る程度。朝から晩まで、泥だらけになって練習。それが2年ほど続いた。「あのときは本当につらかった」

 そんな犬伏さんに「ブレイク」が訪れたのは、入団してから10年以上経った2002年。自身はその年の活躍を「一時的なもの」と謙遜するが、ファンにとって“犬伏”が忘れられない選手となったシーズンだった。「たまたま2002年はタイミングが良くて。右の代打もいなかったし、自分の調子も一番良かった。開幕戦でベンチ入りできたこと、2戦目で打てたこと……、あの年はすべてがうれしかったね」と語る。その年は代打や指名打者として74試合に出場、43安打、3本塁打、24打点、打率.307の成績を残し、リーグ優勝に貢献した。特に左投手からよく打ち、「左キラー」の異名を取った。本当に「ここぞ!」というときに打ってくれるバッターだった、と記憶するファンは多い。

point 引退…そしてブルペンキャッチャーとして

 2005年、犬伏さんは現役を引退した。しかし、その後の道について悩むことはなかった。「やめたときには上の方から『スタッフとして残ってくれ』と言われていたし、チームに残って仕事をしたかった。ほかのことは何もできないと思っていたので、考えなかったね」

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 こうして、犬伏さんは新たな仕事を得た。「ブルペンキャッチャー」。犬伏さんはキャッチャーとして試合に出たことはなかったが、現役時にも5、6回まではブルペンでピッチャーの球を受け、7回以降はベンチ裏で代打の準備をしていたため、それほど戸惑いはなかったという。とはいえ、そう簡単にいくはずもなかった。「一流のキャッチャーはピッチャーの全体を見ながら球を捕る」という。球だけを追っていては正確でタイミングのよい捕球はできないのだ。しかし、プロの球速は130~150km/h、初めのうちはピッチャーの球を取ることだけに必死だった。それがやっと、「ピッチャーの下半身だけは見る」ことができるようになった。それでも、「ピッチャーの全体を見ながら捕る」までには、まだまだ至っていない。プロを引退した今も、自分を高める日々は続いている。

point 「ブルペンキャッチャー」という仕事

 ブルペンキャッチャーは1年中選手とともに行動し、日々のトレーニングから試合前の調整まで、ピッチャーの球を受け続ける。シーズン中の捕球数は1日約300~500球、「1年で一番大変」だというキャンプとなると700球を超える。プロのピッチャーの全力投球を受け止める左腕にかかる負担は相当なものだ。しかも、ただ単にピッチャーの球を受けているのではない。「選手第一」をモットーに、選手のコンディションを常に気にかけながら、ミットを構えている。例えば、ピッチャーを気持ち良くマウンドに立たせるため、捕球の際に大きな音を立てて、「今日の自分は球が走っている」と自信を持たせるようにする。また、「教育の場」という顔も持つ2軍では、若い選手に厳しく接することもある。選手育成についても学ばなければならない。現役時代とは違った苦労と奮闘する毎日だ。

 そんな新たな野球人生について語る犬伏さんの表情は明るい。「よくカミさんに、『現役時代に比べて、顔が優しくなった。イキイキしている』と言われる。今までは勝負の世界にずっとおったから、打ったら上がるし、打てなかったら落ちるし、気持ちがね。今はそういうのがないから、カミさんは喜んでるね」

point 今後に向けて

 「日々自分を磨かなきゃ。磨くのをやめたら人間終わっちゃうから」。犬伏さんは、ブルペンキャッチャーを始めてまだ2年目。経験面、技術面の不足から、歯がゆい思いをすることも多い。「もっともっと自分も勉強して、ピッチャーが相談事とか悩みを遠慮せずに言えるような、頼られるブルペンキャッチャーになりたい」。その一心で、今日もマウンドへまっすぐにミットを構える。

profile
犬伏稔昌(いぬぶし・としあき)

1972年4月24日生まれ。小1から野球を始める。高3の春、選抜高等学校野球大会で優勝。
1990年、ドラフト3位で西武ライオンズ入団。2005年、現役引退。
現在は、西武ライオンズでブルペンキャッチャーを務める。

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