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北嶋絞製作所 JR京浜東北線大森駅からバスで二十分、東京湾に浮かぶ埋立地である京浜島に北嶋絞製作所はある。 北嶋絞製作所は東京の中小企業が集まる大田区に位置し、従業員30名で営業している町工場だ。 主に金属の絞り成形を行っている。 「絞り」とは、一枚の円形の金属板を「へら」という道具で回転成形することを言う。 例えば、パラボラアンテナ、消火器の胴体、有楽町マリオンの大からくり時計などは北嶋絞製作所の製品である。 5月にもかかわらず、日差しがアスファルトに当たってじりじりと蒸し暑いある日、工場を取材した。 一通り見学をした後、代表取締役(2004年4月現在)の北嶋一甫(かずとし)さんに話を伺った。 「台所で使っているボールやお風呂の洗面器も、かつては金属でできていて、 我々が回転成形で作っていたんですよ。ヤカンや急須もそうですね。 他に皆さんの目に付くものとしては居酒屋のビールサーバーなどがあります」 ![]() 北嶋さんのものづくりに対する情熱は並大抵のものではない。情熱よりも愛と呼ぶほうがふさわしいだろうか。 「簡単だなって思う仕事もありますけど、そういう仕事ばかりじゃないですから。 何十年やっていても、どうしたらいいかと頭を痛める仕事はたくさんありますよ。 今まで積み重ねてきたノウハウを駆使して取り組みますが、うまくいかない事のほうが多いです。 でも、それだけに品物を苦労して作り上げたときの達成感はたまらないものがあります。 やはりそれがものづくりの良さですし、次の挑戦への原動力だと思います。それに、前向きな姿勢で仕事に取り組んでいくと、自然とやりがいのある仕事がやってくるんです。 品物がさらなる仲間を連れて戻って来てくれるような気がしますね。 だから、製品を送り出すときには、次の仲間を呼んでよ、と願いを込めるんです。 また、新しいお客さんとの出会いも楽しみの一つですね。 今日はどういう人が来てくれるだろうとか、今日はどんな出会いがあるんだろうとか、毎日わくわくします」 こんな風に楽しんでものをつくっている北嶋さんだが、ここ数年の平成不況による苦労は相当のものがある。 「京浜島にある工場も、みなさん暇なんですよ。うちも多分に漏れず、暇ですけれども(笑)。 昔は仕事は結構ありましたから、安いものはお断りしていたんですけど、今はもう安い仕事さえないですから」 さらに、北嶋さんは不況の一因が日本のものづくりにもあると考える。 「欧米の品物は、製品として機能するために必要な部分さえきちんと作ってあればいい、その他のところは粗野で乱雑でもいい。 そういうのが欧米人の合理的な考えですよね。今までの日本では、多少高くても丁寧なものの方がいいと考えられてきましたが、 もうそういう時代ではないです。日本の製品が外国に比べて高いって言われる理由は、 機能性とはまったく関係のない所に手心を加えているからなんですね。絶対に譲れない部分だけしっかり作って、 余計なところにこだわらなければいいのに。これからのものづくりには欧米に負けないような合理性が必要です」 また、日本企業に特徴的な下請け制度に関してこう語る。「日本のものづくりの企業っていうのは、親会社に絞られるごとに対応、特化してきました。 最近、トヨタは過去最大の利益を出したらしいですね。 でも、実は下請けの部品工場に払っている報酬は上がるどころか、下がっているんです。 下請けをいじめているんだから、利益が上がるのはあたりまえですよ。 下請けをしているような中小企業は、叩かれて叩かれて、イヤとは言えないからまた叩かれるんです。 みんながイヤっていうように運動を起こせばいいと思います。 仕事がもらえないよりはましだと思って、安い仕事を引き受けるから、自分を苦しめることになるんです」 そう言うだけの観察眼を持ち合わせているだけに、研究者や教育界には厳しい。 「うちの工場にも工業高校出身の若い工員が二、三人います。 でも、工業高校にあるマシーンは数値制御で、自分が数字を打ち込めば何もしなくても勝手に製品が出来ますから、 彼らはものを作った実感が湧かなかったって言います。また、大学の工学部の学生が教授と一緒に見学に来た時に、 教授が今の学生は現場を知らないと言うものですから、先生が教えてないからでしょう、と言ってやりました」 「横浜国立大学工学部にへら絞りで博士号を採った先生がいらっしゃいます。 その先生の文献を見ると、理論的に式を立てて研究なさっているんですが、 回転の速度や金属の伸び具合は毎回変わるわけですから、実際はそううまくはいかない訳です。 やはり理論は経験に勝てないと思います」 北嶋さんの発言の随所に、仕事に対する誇りが感じられる。 「一朝一夕に身につく技能じゃないですから、技能は安売りしません。ものづくりは、技能を安売りしちゃ駄目です。
情熱と誇りを持って携わっているのですから」技術者が持つ、決して譲ることのできない誇りがひしひしと伝わってくる。 「これからは物を作るには、設計する人と実際に作る側が一緒になって取り組まなきゃいけない。 そうすれば日本の製品ももっともっと安くなると思いますね」 やはり、大田区は熱かった。大企業でも倒産の憂き目に会うことが少なくないこの御時世にあって、 ほんの三十名を率いる親方の言葉から感じられる気概、そしてものづくりに対する情熱に我々は圧倒された。 ここから生まれてくる無限大のパワーが、暗い世相を吹き飛ばして、 新しい日本をつくる原動力となる日がいつか来るかもしれない。【古田淳】 参考URL:北嶋製作所 |